ブラックペアン1988 下 海道尊


2010.5.2  医療現場のジレンマを的確に表現 【ブラックペアン1988 下】

                     
■ヒトコト感想
上巻で魅力溢れるキャラクターだった渡海は本作でも健在だ。誰でも簡単に手術できるスナイプを発明し、広めようとする高階と外科医は技術に生きるべきだと考える渡海。どちらが正しいという答えは結局でていない。道具を頼りにしたとしても、緊急時には技術が必要となる。道具に頼りすぎればその技術を磨こうとしない。かといって技術があるものだけが手術できるよりも、誰もが簡単に高度な手術をできるのが望ましい。ジレンマを感じながらすすむ本作。ペアンがなぜ腹の中に放置されていたのか、その原因にはかなり驚かされた。新人外科医の世良が見た世界。それは現在でも変わることのない、患者優先という世界なのだろう。

■ストーリー

スナイプを使ったオペは、目覚ましい戦績をあげた。佐伯教授は、高階が切った啖呵の是非を問うために、無謀にも若手の外科医のみでのオペを命じる。波乱含みの空気のなか、ついに執刀が開始された―。

■感想
上巻から引き続き、強烈な個性のキャラクターが暴れまわっている。スナイプを広めようとする高階。胡散臭さを感じつつも利用しようとする佐伯教授。そして、ずば抜けた技術を持つ破天荒な外科医である渡海。この三人を軸に新人外科医である世良から見た世界が描かれている。強烈なのはやはり圧倒的な渡海の存在感だろう。製薬会社の賄賂など当然のごとく受け取り、たかりを繰り返す。それを見た世良の感想は一般人が思うことと同じだろう。外科医の世界では常識であっても、一般社会では非常識なことは良くあることだ。

渡海の圧倒的な技術があるからこそ許される自由気ままな勤務態度。優等生な高階と不良な渡海といったところだろうか。二人の力はずば抜けており、誰もが一目おくことになる。そんな二人は対立しつつも、強力し、ある不可解な患者と出会うことになる。それが本作のメインでもあるペアンを腹におさめた患者だ。佐伯教授がペアンを取り出すなという意味は何か。渡海がこだわる理由は。スナイプの有効性を議論する流れと平行するようにペアンの秘密が語られる本作。全てを見透かしたような渡海が不気味で仕方がなかった。

結局何が正しくて、何が間違っているのか結論は先送りされている。実際に外科医である作者も答えを出せずにいるのだろう。誰もが簡単に扱える優れた道具か、それとも優れた技術あるものしか行えない聖域とすべきか。どちらに傾きすぎてもダメなのだろう。ちょうど良いバランスをとりながら、技術を磨く外科医と、道具に頼る外科医。両方いるべきだと思った。どちらも患者優先ということにかわりはない。作者の一貫した主張でもある、何よりも患者を優先するということが非常に良くあらわれている作品だと思った。

しかし、実際にペアンのくだりを自分の身内が行われたと知ったら、気分が良いものではないかもしれない。




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