I'm sorry.mama 桐野夏生


2010.2.27  異常犯罪者の心理 【I'm sorry.mama】

                     
■ヒトコト感想
強烈すぎる世界。嫉妬、嫉み、憎しみ、すべての負の部分を併せ持つような女であるアイ子。常人では計り知れないその行動の数々。社会的なモラルなどもともと存在しないかのように、アイ子は自分の欲求のままに振舞う。このアイ子というキャラクターの異常さは、現実でも起きている異常な事件を引き起こした犯人たちの心境を語っているのだろうか。強烈な憎しみしかない世界。そこに同情の余地はない。ただ、読んでいくうちにその異常な世界にもだんだんと慣れてくるから不思議だ。アイ子の中では数々の異常行動も、一般の人が食べたいから食事をするように、当たり前のことかもしれない。作者の構築する世界はとんでもない世界なのだが、それらが現実世界にもリンクしているようで、恐ろしくなる。

■ストーリー

児童福祉施設の保育士だった美佐江が、自宅アパートで25歳年下の夫と焼死した。その背景に、女の姿が浮かび上がる。盗み、殺し、火をつける「アイ子」。彼女の目的は何なのか。繰り返される悪行の数々。次第に明らかにされる過去。救いようのない怒りと憎しみとにあふれた女は、どこからやって来たのか。邪悪で残酷な女の生を、痛快なまでに描き切った問題作。

■感想
勝手な想像だが、作者は異常な事件が起きると、その社会的側面をとらえ、犯罪者の生い立ちから心理まで、どういった心境で犯行が行われたかを想像しているのだろう。本作もそういった想像から、アイ子という怪物が生まれたような気がしてならない。異常な事件を起こす犯人には、どこかしら頭のネジがふっとんだところがあるような気がする。それは、常人では理解しがたいことなのだろう。作者は、アイ子の行動をとおして、アイ子が当たり前のように自分が生きるために邪魔な人物を排除することを、無理矢理正当化しているような気がした。この考え方がまさしく犯罪者の理論なのかもしれない。

アイ子の生まれた境遇には同情の余地もある。しかし、それだけを理由にアイ子の行動を擁護できるはずがない。ラストまで何の救いもなく、ただアイ子という異常な人物について語られている。もちろん、アイ子以外にも本作に登場するキャラクターは正常な感覚に乏しい。とんでもない世界で、ありえないと考えるかもしれないが、実はそうではないように思えた。現実に起きている不可解で異常な事件の数々。裏では実はアイ子のような人物が事件を引き起こしていたのかもしれない。そして、それに気付くと、世間はアイ子の行動を理解できず戸惑うしかない。

アイ子の超短絡的な考え方は行き過ぎてはいるが、相手に対して嫉妬や嫉みを持つことは誰にでもある。ただ、虚構とはいえ、これだけ強烈な嫉妬を見せられると、逆に冷静になってしまう。おそらく多くの人はこのアイ子というキャラクターには、まったく感情移入できないだろう。そうなってくると、アイ子が感じる怒りや憎しみをどう処理すればよいのか。誰でも相手に見下されたり、バカにされると怒りの気持ちはわいてくる。そのとき、気持ちをどこにもっていくのか。怒りをそのまま相手にぶつけるのか。アイ子のように裏で復讐に燃えるのか。一般人であれば、どこかでストッパーが利くはずだが、それがないアイ子。そんな姿を読まされると、変に冷静になれる自分がいるのを感じてしまった。

強烈すぎる世界には共感できるものはないが、興味深い。



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