2008.6.28 今だ未知数なミステリー 【照柿 上】 HOME
評価:3
■ヒトコト感想
事件自体はそれほどミステリアスであったり謎に包まれているわけではない。平凡と思われる事件に関わる合田雄一郎、そして幼馴染の野田達夫。この二人の生い立ちから現在に至るまでの濃密な描写によって、いつの間にか物語の中に引き込まれている。この世の不幸を全て背負ったような陰鬱な雰囲気をかもし出す二人。作品全体からあふれ出る雰囲気がそうさせているのかもしれないが、常に苛立っている二人。警察内部の人間関係や職場や家庭の関係に悩む二人。ここまでドロドロとしたものを見せつけられると、二人の生活の厳しさを連想せずにはいられない。事件の謎というよりも、二人がどのようにして事件と絡んでいくのか、それらがわかるのは下巻からだろう。
■ストーリー
ホステス殺害事件を追う合田雄一郎は、電車飛び込み事故に遭遇、轢死(れきし)した女とホームで掴み合っていた男の妻・佐野美保子に一目惚れする。だが美保子は、幼なじみの野田達夫と逢引きを続ける関係だった。葡萄のような女の瞳は、合田を嫉妬に狂わせ、野田を猜疑に悩ませる。
■感想
ミステリーとして特別興味をそそられる事件ではない。どこにでもある、ニュースなどで報道されても一切頭に残らない事件の類だ。そんな事件をメインとした本作。いったいここからどのようにして上質なミステリーへと変貌していくのか、楽しみで仕方が無かった。上巻である本作では、前作マークスの山の登場人物たちをそのまま用い、新たに野田達夫というキーマンを追加している。今のところほとんど事件には影響なさそうな野田がどう絡んでくるのか、合田との関係はどうなるのか。興味は事件よりも、どのようにして盛り上がりを作り上げるのか、そこばかりが気になってしまう。
暑い夏の事件。色をテーマとしているように、あちこちに特徴的な色の表現が登場してくる。照柿という色、燃えさかる溶鉱炉を連想させる照りつける橙色のことだろうか。最初の雰囲気では横山秀夫を連想させるような警察内部の軋轢を詳細に描いたミステリーかと思ったが、芸術色を強く打ち出そうとしているようだ。野田の父親が画家であったり、野田自身が彫刻をやっていたりと、最初の男くさい無骨なイメージからは段々と遠のいていくような気がした。
事件に対する盛り上がりというのは小さい。ある意味、何の不自然さもない事件であり、誰も疑問を持たない事件をどのようにしてこれから料理していくのか。奇想天外なトリックや、超常現象的な事象を利用したというのもないだろう。だとすると、ここから物語を盛り上げるのは、本作でくどいほどページを費やした野田の人間関係にあるのだろう。愛や恨みを含んだドロドロとした人間関係に幼馴染の合田雄一郎が組み込まれ、事件と何か接点を生み出していくのだろうか。
ミステリーとしての面白さはまだ未知数だが、この濃密な人物描写はすばらしすぎる。
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