深紅 


2006.11.23 衝撃的な前半に目を奪われる 【深紅】

                     

評価:3

■ヒトコト感想
衝撃的な前半からやや平凡な後半へ。読み終わってからそんな印象が残った作品だ。修学旅行先からタクシーへ乗って帰る奏子の気持ち。そして衝撃的な事件の残酷描写。これほどまで克明に描かれるとまさに現実に起きた出来事のように錯覚してしまった。前半は終始目が離せない展開で、導入部分としてはこれ以上ないほど優れた作品だと思う。それにくらべると後半はややトーンダウンしてしまい、それなりに興味深く読むことはできるのだが、それほどひきつけられるものはなかった。加害者の娘と被害者の娘、二人が出会うことでどんな出来事がまっているのか。最終的にはなんだか予想していたよりもあっさりと終わったような気がした。

■ストーリー

父と母、幼い二人の弟の遺体は顔を砕かれていた。秋葉家を襲った一家惨殺事件。修学旅行でひとり生き残った奏子は、癒しがたい傷を負ったまま大学生に成長する。父に恨みを抱きハンマーを振るった加害者にも同じ年の娘がいたことを知る。正体を隠し、奏子は彼女に会うが!?

■感想
何かしら現実世界で起きた事件をイメージさせるものが題材として扱われると、どうしても先入観を持って読んでしまう。それでも本作は事件に直面した小学生の心を克明に描いており、周りの混乱ふりを含め臨場感たっぷりに場面を想像することができる。そしてその後の犯人の独白。これは非常に強烈で細部まできっちりと描かれており、頭の中に浮かぶイメージは心地よいものではない。しかしそれが事件のすさまじさと複雑さを表現するのに十分に役立っている。そんな悲惨な事件の被害者家族である小学生がこの後どのように成長していくのか、まさに前半部分は目が離せなかった。

後半は前半の勢いが嘘のようにゆっくりとした流れになっている。しかしそれは表面上のことであり、奏子が周りから気づかれないほど普通の生活ができるのと同じように、本作にも表にでない何か強烈なメッセージが隠されている気がした。平凡な生活の中でもトラウマのように深く根付いている悪しき思い。それらを抱えたまま普通に生活することの苦悩は特別強調して描かれているわけではないが、逆に普通だからこそ、不気味に感じてしまった。

加害者の娘と被害者の娘。この二人が出会ったとき、何かが起こるはずだと思っていた。決して普通な終わり方はしないとも思った。最終的に本作は何が言いたかったのか、おぼろげながら理解はできるが、物語としては最後に何か強烈な出来事があったほうが良かったと思った。あまりに強烈な前半部分から比べると、後半の勢いはどうしても気になってしまう。印象の面でも最後に尻すぼみだとそれだけ印象も悪くなってしまう。

トータルで考えるとすばらしい作品だと思う。しかしあれほど強烈な前半部分を書いてまで読者に伝えたいメッセージがあるはずなのに僕は感じることができなかった。被害者の身内と加害者の身内を同列のように扱っているのも本作の特徴だが、なんとなく似てはいないが最近読んだ「手紙」に通じるものがあるようにも思えた。

すばらしい作品だと思うが、メッセージ性は手紙の方があると思った。



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