私の頭が正常であったなら (角川文庫) [ 山白朝子 ]
評価:3
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■ヒトコト感想
山白朝子の短編集。基本はホラーではあるが、どこかほっこりするような短編集だ。乙一アンソロジーである「メアリー・スーを殺して」にも登場した「トランシーバー」が最も印象深いのは変わらない。そもそもホラーの設定が独特であり、他にはない新鮮さがある。壊れたトランシーバーから死んだ子供の声が聞こえるというありきたりな展開ではあるが、そこから、現在の家族や子供にまで最後に影響を及ぼすというのが良い。
ただ、ひとつのお涙頂戴で終わらず、そこから様々な展開につながるのが良い。父親だけがトランシーバーの秘密を知っているのではなく、実は小さな子供もそのことに幼いながらも気づいており、成長してから、そのことを父親に話すのが最高だ。
■ストーリー
私の哀しみはどこへゆけばいいのだろう――切なさの名手が紡ぐ喪失の物語。最近部屋で、おかしなものを見るようになった夫婦。妻は彼らの視界に入り込むそれを「幽霊ではないか」と考え、考察し始める。なぜ自分たちなのか、幽霊はどこにとりついているのか、理系の妻とともに謎を追い始めた主人公は、思わぬ真相に辿りつく。その真相は、おそろしく哀しい反面、子どもを失って日が浅い彼らにとって救いをもたらすものだった――「世界で一番、みじかい小説」。
その他、表題作の「私の頭が正常であったなら」や、「トランシーバー」「首なし鶏、夜をゆく」「酩酊SF」など全8篇。それぞれ何かを失った主人公たちが、この世ならざるものとの出会いや交流を通じて、日常から少しずつずれていく……。そのままこちらに帰ってこられなくなる者や、新たな日常に幸せを感じる者、哀しみを受け止め乗り越えていく者など、彼らの視点を通じて様々な悲哀が描かれる、おそろしくも美しい”喪失”の物語。
■感想
「酩酊SF」は突飛な作品だ。ある女性は酩酊している状態であれば時間軸があべこべになり、未来の情報も手にすることができる。それに目を付けた彼氏の男は、彼女に競馬の情報を伝え、時間軸があべこべになるタイミングを狙って大金を手に入れる。
新しい形のタイムリープものと言えるだろう。ただ、この手の作品の定番として、未来が見えるのだが、その未来が望まない未来であったとしたら、どうするのだろうか。。未来は変わらない前提として、未来に自分が死ぬとわかったら、人はどうするのか。別人を身代わりにするという考え方がすさまじい。
「首なし鶏、夜をゆく」首のない鶏を飼う少女の物語だ。少女は虐待を受けており、心の慰めになっているのは首のない鶏だけだった。なぜ首のない鶏が生きているのかだとか、そのあたりは考えてはならない。首のない鶏が食事をするシーンは妙な気持ち悪さがある。
ホラー小説ではあるが、恐ろしいだけでなく、どこか心がほっこりとした気分となる。虐待を受け続けた少女が大事に飼い続けている鶏。スーパーの袋を鶏にかぶせてカモフラージュするのが最高だ。
「トランシーバー」は、東日本大震災の津波で家族を失った男の物語だ。突然、家族を失った男の悲しみは壮絶だ。そして、子供の思い出が詰まっているトランシーバーに話かけたりする姿を見ると、周りは心配するだろう。自殺するかもしれない、という周りの心配も当然だ。
そこから、男が再婚して新しい家族ができたとしても、嫁は男がトランシーバーと会話することを許す。ただの幻聴だと切り捨てるのではなく、夫の精神の安定を重要視する。再婚した家族たちにも恵まれていたのは間違いない。
ほっこりするホラーだ。