蝿男
評価:3.5
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■ヒトコト感想
強烈なインパクトのある短編集。表題作もインパクトがあるが、間違いなく「鍵穴」が最もインパクトがある。主人公の男がカギの110番のような店で仕事をし、施錠されたカギを開ける技術を身に着ける。そこで、偶然入った家で虐待を受けている子供を見つけ出し、ひそかに定期的に忍び込んで、虐待されていた子供に食べ物を与えていた…。
カギの110番の業務の特殊さと、鍵をなくして締め出された人は24時間存在するということで、その業務のハードさが描かれている。詳しくは話を聞かずに、金庫のカギを開けるだけで2百万というようなおいしい仕事もある。鍵穴に魅せられた男という感じなのだろうか。普通ではない人々を描いた作品であることは間違いない。
■ストーリー
「蝿男」「サイボーグ・ナナ」「すっぽん」「海猫の庭」「蛙たち」「鍵穴」の6作品が収められた短編集です。困難な時代に勇気とユーモアで立ち向かえ! 奇妙な読後感を残す名短篇「蠅男」など絶妙なエスプリが光る、新境地を見せる作品集
■感想
それぞれの短編にはアウシュビッツや虐待や病死など重くグロテスクなテーマが多い。そうであっても読めてしまうのが不思議だ。自分とはかけ離れた世界の物語なので、より興味深く読むことができたのだろう。
「蛙たち」はアウシュビッツ強制収容所を見学する物語なのだが…。あえてこの重いテーマを扱い、それでいて最後はユーモアを持ち込もうとしている。グロテスクな場面が多数登場してくるのは間違いない。人によっては耐えきれないかもしれない。髪の毛の描写などは強烈すぎる。
「海猫の庭」は娘と精神的におかしくなったの母親の物語だ。海猫荘に幼いころに住んでおり、そこでの個性的な住人たちの物語が最高だ。さらには成長した娘と母親の関係が濃密に描かれている。フリーライターの仕事をしており、できる社員の吉田との関係性も面白い。
何か普通ではない環境ではあるが、たくましく生きる娘がすさまじい。母親の被害妄想がすさまじく、病院から毎晩のように娘に電話がかかってくるなど、非常に精神的に負荷が高いのだが、それを弾き飛ばすようなラストが良い。
「鍵穴」は印象的だ。カギ屋の業務の特殊さもあるのだが、業務で身に着けた技術を興味本位に他人の家に入ることに使う。空き巣目的ではなく、その部屋で虐待されている幼児を助けるために犯罪行為を繰り返す。虐待されている幼児の描写がすさまじい。
そして、主人公の周辺での動きも強烈だ。カギ屋は普通の職業ではない。ヤクザから、突然連絡がきてカギを開けてくれと頼まれることもある。困っている人を助ける職業であり、突発的な実入りもよいのだが…。非常に危うい職業だ。
強烈な個性に満ちた短編集ばかりだ。