旅人の木 


 2018.11.3      兄を探し続ける弟 【旅人の木】

                     
旅人の木 (集英社文庫) [ 辻仁成 ]
評価:2.5

■ヒトコト感想
9歳年上の兄が失踪した19歳の僕が主人公。両親の葬式にも参加しない兄を探すことから物語はスタートする。兄が小さいころから変わっていたことが語られ、兄を探す中で、兄とかかわりのあった様々な人々との交流が描かれている。兄の心理というのは、異常とまではいかないが特殊だ。人生とは何か、人間とは何かと真剣に悩む中学生のような言動や行動を繰り返す。そして、どこかへ疾走してしまう。

僕から見た兄の姿と、兄と関係のある人々から聞く兄の姿の違いや、兄に知らず知らずのうちに兄の考えに汚染されていたことなど、特殊な状況が描かれている。全体的に詩的な印象はぬぐいされない。兄の心境を理解するのは難しいだろう。

■ストーリー
“旅人の木”―分厚い葉の基部に水を貯え、熱帯では渇いた旅人が喉を潤すという。僕は九つ違いで音信不通の兄を訪ねて、この街にやって来た。複数の女友達、アルバイト先の同僚…かつての憧れの的は、思いもかけぬ顔で僕を混乱させる。僕の渇きをいやす“旅人の木”はどこに。詩的なタッチで都会の漂流を描く青春小説。

■感想
タイトルの旅人の木は、熱帯地帯で木の中に水を貯える木のことを言っている。長旅で喉がカラカラに乾いた旅人に少しの水を提供する旅人の木。失踪した兄を探すために、僕は兄と関係のあった人々をたずねてまわるのだが…。兄が昔からちょっと変わった人物だったということが、まず僕の口から語られる。そこから兄の元彼女や友達などから兄の話を聞くことになる。

僕にとっての兄はミステリアスな存在ではあるが、おそらく頼れる存在だったのだろう。そんな兄が両親の葬式にも参加せず、どこかに失踪してしまう。強烈な状況であることは間違いない。

結論として兄が失踪した理由は判明しない。周りの知り合いの証言から、兄の近況が明らかとなる。幼いころより家出癖があった者が、大人となり本当に失踪してしまう。元彼女が弟である僕と関係をもつなど、複雑な状況はある。それでも、僕は僕なりに兄を探そうとしている。

読んでいると兄のイメージはおぼろげながらにつかめてくる。ただ、兄がなぜ失踪したのかや、兄の弟に対する思いがどうなのかは伝わってこない。その他の知人たちのことは、ほとんど気にもとめていないのは明らかだが…。

中盤では、兄自身が自分には9歳年上の兄がいると彼女に語っていたりもする。それはまさに僕が兄に対して思っていたことと同じことを兄は語る。兄を探すことをあきらめた僕の前に、兄と思われる人物が突如あらわれる。

物語全体として精神を病んだ者のような描写もあり、詩的な雰囲気も強い。自分探しをしようか迷っているような人が読むと、本作に感化され家出をしてしまうかもしれない。兄の気持ちがはっきりと名言されないことで、読者それぞれで兄の心境を想像することができる。

どこか心が病んでいるような兄弟だ。



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