サンマとカタール 女川つながる人々


 2018.6.2      更地から商店街ができるまで 【サンマとカタール 女川つながる人々】

                     
サンマとカタール 女川つながる人々 [ 阿部淳 ]
評価:2.5

■ヒトコト感想
東日本大震災での津波の被害を受けた女川の復興と、それに携わる人々を描いている。女川の町が津波に流され、人口比では最も強烈な被害を受けた町。町を復興させるためにカタールからの基金が大いに役立ち迅速な復興へと繋がったらしい。女川とカタールの繋がりと、女川を復興させるために若者(といっても30代)が必死になる。

自分たちの生活を正常に戻すことで手一杯のはずが、町の復興のためアイデアをだし、無償で活動する。何もない更地から駅ができ商店街が出来上がる様はすさまじい。仮設住宅にバーを作ったりと苦労しながらも、何かをやらなければという強い思いがあるのだろう。メディアでは報道されてはいないが、皆が苦労しながら復興したのがよくわかる作品だ。

■ストーリー
東日本大震災からまもなく丸5年。宮城県女川町は、住民の1割近くが犠牲となり、8割近くが住まいを失い、被災した全ての市町村の中でも人口比では最も激烈な被害を蒙った。町の中心部は根こそぎ津波にのまれ、失うものは何もなくなった。

そんな絶望から人々はどうやって立ち上がり、生きているのか?そして中東カタールとの絆とは?若者がリードする、泣き笑いの女川復興の軌跡、切なくて逞しい人間の底力に迫った本作品、2年間の撮影期間を経てようやく映画が完成した。

■感想
津波で壊滅的な被害を受けた女川町。そこで壊滅した町を復興させるために尽力する者たちがいた。地元企業の若者や、地元愛が強い者、そして外部のボランティアたち。若者たちが必死になり自分たちの町を復興させるために活動する姿は応援したくなる。

若者といっても30代や40代なのだが、アイデアをだし、まるで町おこしのように次々と活動していく。町の復興計画も、津波被害を防ぐために巨大な壁を作るのではなく、段階的に土地をかさ上げし、住居に被害が及ばないよう考えられている。

驚いたのが国の復興費用をまっていたら復興が遅れるというくだりだ。確かに、何かと手続きが多いお役所仕事はスピード感に欠けるのだろう。そこで大きな手助けになったのがカタールの基金だ。

世界的に大きく報道された津波被害ではあったが、ここまで復興の手助けをしてくれたのは、日本に対してよい感情があるからこそだ。女川名物のサンマをカタールに売り出そうとまでする。仮設住宅暮らしで、自分たちの生活を整えるのに精一杯な中で、町の復興に力をかけるのは、なかなかできることではない。

金があれば復興できるというものではない。また津波がくるかも、というリスクを考えながらの復興活動だ。やっていることは町おこしに近いかもしれない。ただ、津波被害を受けた町が復興するまでを見せられると、少し感動してしまう。更地だった場所に、駅ができ電車が走り商店街ができる

あっという間のようだが、そこで暮らす人たちの努力の結晶なのだろう。仮設住宅でバーを経営していた者が、新たに商店街でバーを引き続き経営する。楽しみも必要だということだろう。

まるでゲームのように、更地から商店街ができる映像は衝撃的だ。



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