ペインレス 上 


 2019.5.4      痛みを感じない人間は、常に死が身近にある 【ペインレス 上】

                     
ペインレス 上巻 [ 天童 荒太 ]
評価:3
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■ヒトコト感想
麻酔科医の万浬は痛みを感じない患者・森悟を診察する。上巻では、万浬の状況と特殊な患者とのやりとりが描かれている。万浬の診察は合理的だ。痛みを訴える患者に対して、適格に痛みをとる。患者の気持ちに入り込んでケアするのではなく、ただ痛みだけをとる。人間は痛みと共に生きているのだろう。

痛みがあることで、すべてが崩壊する場合もある。決してとれない痛みというのは、それだけで絶望感が増し、その後には、自殺する場合もある。痛みをとることに長けた女。男性関係は自由であり、セックスを使う診察も行う。痛みを感じない患者の状況や、人は痛みは不要だが、まったく無いとどのような問題が起きるのか、痛みをテーマとした作品は初めてだ。

■ストーリー
若き美貌の麻酔科医・野宮万浬のペインクリニックに現われた貴井森悟は、彼女にとって舌なめずりしたいような実験材料だった。森悟はビジネスの最前線である中東の紛争地帯で爆弾テロに遭い、痛覚を失って帰国した。末期ガンの病床にある曽根老人から紹介されてクリニックを訪れた森悟は、身体の痛みを失っているという理由から、万浬の注目を惹くことになる。

最初の診察の直後から彼女は、セックスを通して森悟の悦びと痛みのありかを探ってみようと心躍らせるのだった。セックスを伴う「診察」が繰り返される中で、森悟は、紛争地帯で遭遇した事件の詳細を語る。彼は、ビジネスという名の下で行われる先進国の身勝手に疑問を抱く人間だったが、そのために却って、現地の人々に試されることになる。

森悟の出会ったテロリズムは、その果ての悲劇だったのだ。万浬は、実は心に痛みを覚えたことのない女性だった。彼女がそうなったのは、トラウマがそうさせたわけではない。どうやらそれはDNAのためであるらしかった。万浬は自分が、世間の人々を、なぜ、そしてどこがどう違っているのか確認せずにはいられなかった。彼女の一族の過去が、薄皮をはがすように一枚一枚暴かれてゆく……。

■感想
万浬は患者の痛みをとる、ただそれだけに力を注ぐ。美しい美貌で、セックスすらも診察のひとつとして使う女。痛みを訴える患者の中には、物理的に痛みが発生している場合もあるが、精神的な影響から痛みが発生している場合もある。万浬は精神的な部分に関しては一切関知しない。

痛みの原因を調べるために聞き取りはするのだが、精神的ケアはいっさい行わない。そのため、患者からすると冷たい医者と思われるパターンだ。それでも、万浬が的確に痛みを取り除くので、万浬がいるクリニックは評判となる。

万浬はどこか異常だ。常に痛みのことを考える。末期ガンの大物・曽根老人から紹介された痛みを感じない森悟を診察し、そこで様々な情報を得る。人は痛みを感じないことを良いことのように思うかもしれない。しかし、痛みを感じないということは、体からのアラームを感じることができないということだ。

森悟の状況はすさまじい。朝起きて体に異常がないかを調べなければならない。頻繁に病院へ行き、体の異常を検査する必要がある。痛みがないことは、実は死に一番近いのかもしれない。

森悟が痛みを感じなくなる事件も語られている。本作では、ほぼすべてのキャラクターについて詳細が語られている。物理的な意味での痛みを感じないだけでなく、森悟は心理的な意味でも痛みを感じなくなっている可能性すらある。

万浬とのセックスによる治療については、快感は痛みを感じることがないと減少するらしい。確かに気持ちが良いというのは、痛みと似た感覚なのかもしれない。人の痛みは何のためにあるのか。痛みに苦しむ人が大部分ではあるが、痛みを求める人もいるのだろう。

下巻では万浬のルーツが掘り下げられるのだろう。



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