クラウディ 


 2018.7.23      人生に嫌気がさして亡命を願う 【クラウディ】

                     
クラウディ / 辻 仁成 / 集英社 [文庫]
評価:3

■ヒトコト感想
30歳を迎えようとする男が、人生に嫌気がさし亡命に憧れる物語だ。ミグ戦闘機に乗りソ連からアメリカに亡命したペレンコに憧れる男。亡命は家族や友達、今の生活すべてをリセットする意味がある。作中では亡命に憧れるのは貧乏だからと論破されている。人生に悲観し自殺しようとしたが失敗し、楽しくもない人生を無駄に消費する。

動物園の飼育員である彼女ナビがいるのだが、それでも男は亡命しようと考える。亡命は口実でしかない。人生をあきらめた男が復活しようとするような前向きさはない。暴走し何かを破壊するような衝動すらある。同級生のスナフキンの方が人生に悲観していたとしても、しっかりと現実的な落としどころを考えている。

■ストーリー
「ベレンコのように亡命したいって言っていたけれど、面白そうね。」ナビは抱きあった後、服を着ながら僕にそう告げた。亡命―この響きは僕を捕えて離さない。人は誰でも一度は、平凡な日々からの離脱を夢みる。あの日ベレンコ中尉が日本に亡命してきた。今、30歳を迎えようとしている僕の亡命劇はまだ始まってさえいない。…青春の焦燥をリリカルに描く長編小説。

■感想
青臭く平凡で退屈な毎日に嫌気がさした男が、ペレンコに憧れて亡命を考える物語だ。学生時代に自殺しようとして失敗する。同級生のスナフキンは自殺に成功したはずが、実は生きていて、裏では亡命ビジネスに手を染めていたという流れだ。

男の人生はよくある平凡なものだ。小さな印刷工場に勤務し、激務と薄給に耐えながら日々生活する。恋人のナビとはうまくいっているが結婚はない。退屈な日常だったが、事件が起こり男の周辺はあわただしくなる。なんだか、この男の周辺すべてが暗く陰鬱な雰囲気に思えて仕方がない。

作品としては前向きな要素はひとつもない。もしかしたら同じような悩みを抱えている人は共感できるのかもしれない。全てをなげうってリセットしたい。そのために亡命するというのは飛躍しすぎのような気もするが…。

家族もすべて捨てるまで決断させる何かがあるのだろう。本作を読んだことで、過去実際に起こったペレンコ亡命事件を思わず調べてしまった。30を迎えようとする男が逃げたいと思う気持ちもわかるのだが…。亡命のチャンスがあっても、結局のところ踏ん切りをつけることができていない。

ナビから別れを告げられると、男は暴走し始める。人生に夢も希望も前向きな気持ちがひとつもない男が暴走するのは恐ろしい。もはや気持ちはいつ死んでもよいと思っているのだろう。世間で無差別的な事件が起きるのは、本作のような考え方をもつ男なのかもしれない。

亡命に踏ん切りがつかないように、暴走にも一定の防波堤があるはずなのだが…。アラサーが青春の範囲に入るのかは微妙だが、亡命したいほど日々に鬱屈を抱えるというのは、かなり強烈だ。

どのような結末を迎えるのか、ハラハラドキドキしながら読み進めた。



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