カイのおもちゃ箱 


 2018.8.8      救世主は自閉症の児童 【カイのおもちゃ箱】

                     
カイのおもちゃ箱 / 辻 仁成 / 集英社
評価:3

■ヒトコト感想
自閉症の子供カイ。カイを救世主とあがめる少年少女の一団を中心に物語はすすんでいく。様々な者たちのエピソードが語られている。かつての戦争体験がトラウマとなり戦友たちの亡霊におびえる老人。カイを探しながら次第におかしくなっていく父親と母親。いつの間にか自分の居場所がなくなっていき途方にくれる男など、それぞれがつながりあい物語はすすんでいく。

カイを救世主と予言した少女サヤや、ヘンシュツシャに殺されたマサヒコなど、本作が発表された当時の時代を反映させた事件や出来事とリンクさせている。テレクラが登場したり、街角の電話ボックスなど、今では想像できない描写が多数でてくるが、当時を知る人が読めば、間違いなくはまりこむだろう。

■ストーリー
カイは笑うことも、泣くこともしない。普通の子ではなかった。幼稚園に入って間もなく、両親が目を離している隙に、群衆の谷間を潜り抜け、都市の回廊へと迷いこんで行った。そこでは、少年と少女の一団が、カイを待っていた。カイが突然叫ぶ。「ヘンシツシャを退治に行こう」カイを先頭に少年達は突き進んでいった。叙事詩的世界を描く、長編現代の神話。

■感想
人間の汚らしい部分や暗部がこれでもかと描かれている。また、子供の無自覚な残酷さも描かれている。しゃべらない笑わない自閉症の子供カイが、ある日、父親たちに連れられ病院に行こうとしたところ、雑踏の中ではぐれてしまう。そこから父母はカイを探すことに必死となる。

カイは救世主として子供たちのリーダーとなる。自閉症だから、たまたまサヤが救世主が来ると予言したため、カイは救世主に祭り上げられてしまう。カイが選ばれた人間としての行動をとる。本当にカイにそんな力があるのか、それとも祭り上げられただけなのか、よくわからない不思議な雰囲気がある。

両親は自閉症のカイと暮らす日々に疲れはて、この現実から逃避したい気持ちがカイを見失わせたのかもしれない。それぞれが新たな出会いをし、別の人生におぼれようとする。カイを探さなければならない気持ちと、このまま逃げ出したいという気持ちがぶつかり合う。

罪悪感にさいなまれ、それでも心地良い気持ちを隠すことができない。非常に危うい状況だというのはよくわかる。カイや両親の周りに登場してくる人物たちも、どこか異常だ。戦時中のトラウマを常に抱えながら、現代の若者たちに怒りをぶちまける老人など、その最たるものだ。

最も印象的な脇役は、自分がなくなる男のエピソードだ。家に帰ると知らない男が自分の代わりに父親をしている。自分がまるで不審者のように家族に扱われる。そんな状態を受け入れると、今度は見ず知らずの女から頼られ、そこで新たな生活の基盤を築く。

それもつかの間、新たな男が自分の代わりとなっており、また男は何者でもない存在へと様変わりしてしまう。自分の存在がなくなるほど恐ろしいことはない。家族や子供が自分を見ず知らずの他人のように扱う。もはや人生の終わりに近いかもしれない。

暗く陰鬱な物語だが、村上龍の小説のようで引き込まれてしまう。



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