明日の約束 


 2021.8.13      時制のない言語で生活する人々 【明日の約束】

                     
明日の約束 文春文庫/辻仁成
評価:3
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■ヒトコト感想
不思議な雰囲気の短編集。強烈なインパクトがあるのは表題作でもある「明日の約束」だ。ゲリラに襲われ逃げ続け、たどりついたのは文明が入り込んでいない村だった。そこでは独自の言葉が発展しているのだが、時制を表す言葉がない。常にその日を生きる村人たちには、言葉としての過去や未来はいらない。

ここで戸惑いながらも生活する医者の困惑が描かれている。強烈なのは、文明が入り込んでいない生活に医者が慣れていく部分だ。最終的にはその生活を心地良いと思い始める。そのほかにも、あとがき代わりに描かれた男女のすれ違う物語「世界で一番遠くに見えるもの」がある。独特な雰囲気で辻仁成らしい作品と言えばそうだろうが、あまり印象には残らない。

■ストーリー
別れ話を秘めた女と、プロポーズしようとする男。二人の夜は…。愛とはこんなにも、もろいものだったのか?恋の記憶が感傷に、出会いの輝きが紫煙にかすむ時、二人は再び互いの瞳を見つめ合う。愛のあやうさ、はかなさ、残酷さをそっと明かしつつ、その再生の奇跡を華麗に、力強く謳い上げた珠玉の傑作短篇集。

■感想
不思議な短編集だ。「ポスト」は、郵便局に毎日やってくる見知らぬ女と、その女のことを気にする男の話だ。何かオチがあるのかと想像しながら読んだ。いつの間にかその見知らぬ女が自分の妻ではないかと思い込みはじめ、周りもそのように考え始まるくだりは恐ろしくなる。

現実に存在している女なのか。ちょっとしたストーカーのようにすら思えてくるのだが、真相は不明なまま物語は終わっていく。相手の女の奇妙さと、いつの間にか周りも巻き込んでいることが最高に恐ろしい。

「明日の約束」は強烈だ。文明が入り込んでいない土地で、現地の言葉を覚え、いつの間にか妻ができ、そして子供までできる。日々の仕事に追われるストレスなどとは皆無の環境。未来や過去にはいっさいこだわらない。子供は大量に生まれるが死ぬ子供もいる。

そして、たとえ子供が死んだとしても悲しまず、子供はいることになる。なんだかこのあたりの感覚はよくわからないが、言葉に時制がないということは、過去を振り返ることも、未来を予想することもできない。今だけを生きることが、もしかしたらものすごく幸せなのかもしれない。

「歌どろぼう」は、歌を盗まれてしまうという特殊な物語だ。盗んだのはお互いが無関心な夫や妻ということになっている。歌を盗まれるとどうなるのか。普通に考えれば、生活には大した影響はないのかと思われるのだが…。

そのほかの作品も少し変わった不思議な雰囲気がある。あとがきを書く代わりに「世界で一番遠くに見えるもの」という短編で、すれ違う男女の物語が描かれている。どちらかというと、この作品の方が作者の作品としてイメージしやすい。

「明日の約束」は、文明に囲まれた生活が必ずしも幸せではないと思わせる作品だ。



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