ちょうちんそで 江國香織


 2016.7.12      読者だけが知る繋がり 【ちょうちんそで】

                     
ちょうちんそで [ 江國香織 ]
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■ヒトコト感想
架空の妹と会話をする雛子。海外生活での日本語学校を思い出す女。雛子の隣に住む丹野夫妻。失踪した母親に怒りをもつ男。様々なエピソードが絡みあい、読んでいくうちにそれぞれの関係がはっきりしてくる。メインは雛子なのだろう。過去に行方不明となった妹を、架空の妹として近くにいると考え会話をする。

ある種異常な状態ではあるが、そこからさまざまな人々のエピソードへと繋がっていく。実は雛子は、別のエピソードの中で怒りの対象として見られていた人物である。架空の妹は別の場所で元気に生活しているとわかる。そのものずばりをはっきりとは明言しないが、周辺のエピソードを固めることで、読者に理解させている。繋がりが判明したときのスッキリ感はすばらしい。

■ストーリー

いい匂い。あの街の夕方の匂い―。些細なきっかけで、記憶は鮮明に甦る。雛子は「架空の妹」と昔話に興じ、そんな記憶で日常を満たしている。それ以外のすべて―たとえば穿鑿好きの隣人、たとえば息子たち、たとえば「現実の妹」―が心に入り込み、そして心を損なうことを慎重に避けながら。雛子の謎と人々の秘密が重なるとき、浮かぶものとは。心震わす“記憶と愛”の物語。

■感想
架空の妹と会話をする雛子。詮索好きの隣人が雛子の状況を危惧する。天涯孤独のような存在。特殊なマンションで何不自由なく暮らすが、そこには違和感がある。雛子の状況は誰もが気になるのは間違いない。丹野夫妻は、雛子のことを気にしながら、同じマンションの住人たちとうまく関係を築いていく。

高齢者独特の雰囲気というか、下手をすれば社会との繋がりがまったくなくなる可能性があることをにおわせている。そして、隣人のおせっかいというのも、それなりに愛がなければできないということなのだろう。

弟の彼女や奥さんと子供と海水浴へ向かう男・正直。弟の誠よりも融通がきかず思いこんだら突っ走るタイプなのだろう。外に男を作り失踪した母親を憎み、決して会おうとはしない。正直の状況はごく当たり前かもしれない。

正直が母親に対して怒りの気持ちをもつのも当然かもしれない。そして、正直の怒りの対象が実は…。このあたり、読んでいくうちにわかってくるのは快感かもしれない。それは、雛子の架空の妹であっても同様だ。別のエピソードで登場してくる人物が実は雛子の妹だった。繋がりが絶妙だ

それぞれが言えない秘密をもっている。そして、その秘密が繋がりへの重大なヒントとなる。作中ではすべての繋がりが明らかとなることはない。オチとしてどうなる、というのもない。恐らくだが、何も変わらず日々を過ごしていくのだろう。

正直が母親に会いに行くことはなく、雛子の妹は雛子に会いに行くことはない。個別のエピソードそれだけを切り取ると幸せそうに見える者たちも、心の中の秘密の密度は濃い。そして、その秘密を知る読者は単純に幸せだとは思えなくなってくる。

なんの結論もでないまま終わっている。



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