なかなか暮れない夏の夕暮れ 


 2017.10.5      女性のリアルな内面 【なかなか暮れない夏の夕暮れ】

                     
なかなか暮れない夏の夕暮れ [ 江國香織 ]
評価:3
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■ヒトコト感想
裕福だが何かにつけ覇気がないように感じる稔が主人公の本作。稔は本が好きで少しの時間の隙間でも本に没頭する。稔が読む本の内容が物語に登場してくる。その内容と稔の生活に繋がりはない。金があり自由だが、生きているというエネルギー感が足りない男。元恋人や弁護士で友達の大竹、姉や娘の存在など、稔の周りの人物をそれぞれの視点で描いている。

わりとエキセントリックな姉の雀は、稔の生活に刺激を与えているように思える。少しの隙間時間にも本を読むような稔を、元恋人の渚は現在の夫と比較する。女性のリアルな内面と言えるのだろう。男からすると、弁護士の大竹の立場が一番共感できるかもしれない。大竹は、何が不満かわからず妻に出て行かれた男だ。

■ストーリー
本ばかり読んでいる稔、姉の雀、元恋人の渚、娘の波十、友だちの大竹と淳子……切実で愛しい小さな冒険の日々と頁をめくる官能を描き切る、待望の長篇小説。

■感想
稔が読む本の内容が物語に登場してくる。現実と本の世界が混同するような流れだ。稔がどれほど本が好きで、裕福な暮らしをしているかがわかる。稔からは人間的な憎しみだとか怒りだとか熱さを感じない。アイスクリーム屋のオーナーで、親が残した資産で優雅に生活する男。

ちょっとした空き時間に本を手離せない活字中毒の男は、元恋人の渚からは本に没頭することをよく思われていない。渚の夫である藤田は、休みの日はダラダラとテレビを見るだらけた夫だが、それすらも稔の本よりはマシだと思える状況らしい。

渚の夫がダラダラと生活することすら、平和で幸せな日常だと思える生活。失って初めて気づく、なんてことを考えると、目につく気になる行動も許せるのだろう。稔がどこか無機質で無感動だからこそ、より渚にそのように感じさせたのかもしれない。

稔の姉である雀がはっきりとモノを言う。他者とトラブルを起こしやすい性格からすると、稔の性格は無害だが、一緒に生活するには難があるのだろう。渚の性格は強烈だが、最も印象に残るのは弁護士であり同級生でもある大竹のエピソードだ。

大竹の生活はごく普通で何の問題もないように思える。ただ、何かと妻に対して気を使いすぎるところがある。そんな大竹はなんの前触れもなく突然妻に出て行かれる。三度迎えに行っても大竹の元に戻ってくることはない。そればかりか、相手の両親に訴えるとまで言われてしまう。

大竹には何の欠点もないようだが、実は妻にとっては耐えられない何かがあったのだろう。そう考えると、大竹の状況が一番恐ろしい。自分に自覚がないだけに、根は深く、決して解決しないように思えた。

ごく普通の一般的な男にとっては、なんだか恐ろしくなるような展開だ。



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