2015.6.19 夢を諦めることも悪くない 【物語のおわり】
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■ヒトコト感想
最初に「空の彼方」という、女性が小説家になる夢を諦めるかどうかという小説が描かれている。その後、夢を諦めるシチュエーションの物語の中で、「空の彼方」が象徴的に登場してくる。様々な人生の岐路があるのは当然として、それをバラエティ豊かに描き、さらには前の短編の主人公が次の短編の主役に「空の彼方」を渡すという、意味深な流れも良い。
「空の彼方」がラストの結末をぼやかしているので、受け取る人の思いによって、夢に突き進んだのか諦めたのか判断が分かれる部分でもある。北海道という土地が、壮大な何かを連想させ、悩みを打ち消すような効果があるのか。夢を諦めることも悪くないと思わせる力のある短編集だ。
■ストーリー
妊娠三ヶ月で癌が発覚した女性、父親の死を機にプロカメラマンになる夢をあきらめようとする男性……様々な人生の岐路に立たされた人々が北海道へひとり旅をするなかで受けとるのはひとつの紙の束。それは、「空の彼方」という結末の書かれていない物語だった。山間の田舎町にあるパン屋の娘、絵美は、学生時代から小説を書くのが好きで周りからも実力を認められていた。
ある時、客としてきていた青年と付き合い婚約することになるのだが、憧れていた作家の元で修業をしないかと誘いを受ける。婚約を破棄して東京へ行くか、それとも作家の夢をあきらめるのか……ここで途切れている「空の彼方」という物語を受け取った人々は、その結末に思いを巡らせ、自分の人生の決断へと一歩を踏み出す。
■感想
夢をあきらめかけた人が、北海道で出会い、そして「空の彼方」を手にしてそれぞれ思う。「空の彼方」自体もそれなりに魅力ある作品なのだが、何よりそれぞれの短編に登場してくる人物たちの人生が良い。順風万班な人生のはずが、娘が海外へ金にならない技術を求めて勉強に行きたいと言い悩む。
必ずしも自分の夢を諦めるかどうかという話だけではない。家族の夢についても語られている。北海道にひとり旅し、そこで人生とは、夢とは何なのかを考える。短編単独では平凡だが、続けて読むことで独特の雰囲気を感じることができる。
それぞれ夢を諦めるタイミングというのがある。夢を諦めたことに後悔しながら日々を過ごしている人もいれば、そうでない人もいる。結婚もせずひたすら自分のキャリアを積み上げ続けた女性や、妊娠三ヶ月で癌が見つかりどうするか悩む女性など、単純な話ではない。
人によって大きく考え方の変わる物語だ。それらが、暗く陰鬱になることなく、明るくさわやかな雰囲気で読めるのは、北海道という雄大な土地を舞台にしているからだろう。何かを諦めることは、悲観的なことではないと思えてくる。
「空の彼方」がそれぞれの短編で人づてに渡っていくのが心地よい。正体不明の小説だが、最後には元に戻るという夢のような話なのが良い。結局のところ「空の彼方」の結末ははっきりとした。ただ、作品として「空の彼方」に描かれたのは途中までで、それを読んだ人により結末は変わってくる。
夢についてあれこれ語るよりも、そこに至るまでの人生物語がなんとも良い。人には本当にいろいろな人生があるのだなぁ、とあらためて思ってしまう。
連作短編として読み始めると、止められなくなる。
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