かばん屋の相続 池井戸潤


 2015.5.6      中小企業の社長は辛いよ 【かばん屋の相続】

                     
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■ヒトコト感想

銀行を舞台にした短編集。銀行が舞台ということは、金が絡み企業の倒産も絡んでくる。作者の作品を読むと、起業して中小企業の社長になんて、なるもんじゃないと思えてくる。月末が近づくと常に資金繰りのことを考え四苦八苦する。その日、その時間までに口座に現金がなければ倒産をさけられない。成功すればリッチな生活。ひとたび没落すれば、人生の終わりが待っている。

本作の短編でも、経営者の良い時と悪い時の違いがはっきり描かれている作品もある。企業経営のむずかしさと共に、銀行の血も涙もないビジネスライクな考え方にも驚かされる。この融資が通らなければ、その企業はつぶれるとしても、ひとりの銀行員のさじ加減で、いかようにもなるという恐ろしさを感じた。

■ストーリー

池上信用金庫に勤める小倉太郎。その取引先「松田かばん」の社長が急逝した。残された二人の兄弟。会社を手伝っていた次男に生前、「相続を放棄しろ」と語り、遺言には会社の株全てを大手銀行に勤めていた長男に譲ると書かれていた。乗り込んできた長男と対峙する小倉太郎。父の想いはどこに?表題作他五編収録。

■感想
「手形の行方」は、作者の作品を読んでいると頻繁に登場する手形についての物語だ。手形というのは現金と同じ。そう理解していても、それをなくしたときの複雑な仕組みや、手形を払い出した側の言い分など、様々な状況を感じることができる。手形をなくすとどのようなことが起きるのか。

想像していたよりも複雑なことがよくわかる。そして、銀行として失くなったから、失くした者が弁償すればよいというものではない、ということも良くわかる。紙切れ一枚だが、企業の生き死にがかかわる重要な紙ということだ。

「妻の元カレ」は、銀行員の妻が元カレと浮気しているのでは?と旦那が疑う物語だ。妻の浮気相手は派遣社員から起業し成功した人物。金と地位と名誉もある。銀行員では太刀打ちできない立場だが…。良い時の経営者と、どん底の経営者はどう変わるのか。ついつい旦那である銀行員の立場で読んでしまう。

身勝手な妻の行動に怒りを覚え、妻が最後にどんな選択をするのかはぼやかしてある。浮気相手の会社が倒産したら、手堅い銀行員の元に戻るのか、それとも浮気相手をけなげに支え続けるのか。結末をどう想像するかは人それぞれだろう。

「かばん屋の相続」は、実際に京都で起きたカバン屋のお家騒動をベースにしていることはすぐにわかった。かばん屋を乗っ取る形となった長男が、かばん屋を大きくしようとする。現実の問題では、まだ結論はでていないが、実質的には経営を担っていた者が主流になるのだろう。

本作でも、突然舞い降りた経営者はうまくいかない。下で働く職人や仲間たちが納得するはずがない。現実の問題を作者なりに脚色し、銀行絡みの物語にしたて上げる筆力がすばらしい。実在する事件をすぐにイメージできるほど題材を流用して問題はないのだろうか…。

それぞれの短編に、思わず熱中してしまう面白さがある。



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