進々堂世界一周 追憶のカシュガル 


 2014.6.11     世界各地を御手洗が語る 【進々堂世界一周 追憶のカシュガル】  HOME

                     

評価:3

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■ヒトコト感想

作者にしてはミステリー要素の少ない短編集だ。御手洗がまだ石岡と出会う前、サトルという予備校生との会話形式で物語は進んでいく。サトルが語る話に御手洗が答える短編もあれば、御手洗が世界各地で経験したことを語る短編もある。過去の御手洗の言動から比べると、若い御手洗はサトルに対してすべての面で優しい。辛い恋愛を経験したサトルに対して優しく諭す。

御手洗潔シリーズに若者の恋愛話が登場するとは思わなかった。ほぼミステリーと接点がないまま終わるので、これは石田衣良の短編か?とすら思ってしまう。今までの作者のイメージを覆す短編もあれば、戦時中の日本人が朝鮮人に対して行った行為や、ウイグルの話など、人種間の問題に言及した短編もある。

■ストーリー

時は一九七四年、京都大学医学部に在籍していた御手洗潔は、毎日、午後三時に、進々堂に現れた。その御手洗を慕って、同じ時刻に来るサトルという予備校生がいた。放浪の長い旅から帰ったばかりの御手洗は、世界の片隅で目撃した光景を、静かに話し始める…。

砂漠の都市と京都を結ぶ幻の桜、曼珠沙華に秘められた悲しき絆、閉ざされた扉の奇跡、そして、チンザノ・コークハイの甘く残酷な記憶…。芳醇な語りが、人生の光と影を照らし出す物語。

■感想
「進々堂ブレンド 1974」は、少年が年上の女性に対して抱く恋心の物語だ。何かをきっかけとして過去の場面を思い出すことはある。それは音楽だったり、映像だったり。本作ではチンザノ・コークハイの匂いがサトルに残酷な恋を思い出させることになる。ミステリーの要素はほぼない。

サトルが喫茶店で御手洗に語るのは、自分の失恋話だ。作者のイメージにそぐわない作品ではあるが、そこに御手洗が絡むだけで、なんだか不思議な物語のように思わせる力がある。

「戻り橋と悲願花」は、戦争中の日本における朝鮮人たちの扱いと、そこから抜け出した男の物語だ。彼岸花を悲願花とし、悲しい状況を描いている。日本人にひどい扱いを受けた男が、復讐のためある計画を立てるが、それが露見し、袋叩きにあう。その時、隠し持っていたはずの彼岸花の球根はどこかに消えていた。

ミステリー要素としてはその部分かもしれない。朝鮮人が日本のために過酷な労働環境で風船爆弾を作り協力する。風船爆弾の衝撃と、戦時中の理不尽な暴力には驚愕せずにはいられない。

表題作でもある「追憶のカシュガル」は大作だ。「戻り橋~」での状況と近いものがある。本作ではウイグルで流暢な英語を話す人物と御手洗の会話を描いているのだが…。人種的な対立について描かれているが、本作のさわやかさは別格だ。自分がスパイとしてウイグルに存在しているということを理解し、状況を受け入れる。

男の語る一生というのは、かなり濃密だ。ミステリーの要素はないのだが、気になる描写が多々ある。特に、桜に関する話はすべて事実なのだろうか?挿し木でしか増やすことができないというのは、かなり衝撃的だ。

作者らしくない短編ばかりだ。



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