やわらかなレタス  


 2013.6.9      食べてみたくなる食事風景 【やわらかなレタス】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

作者のエッセイ集。日々のちょっとしたことや、作者の気になることがつらつらと描かれている。印象的なのは、食べ物に関してのエッセイだ。作者は美食家であったり、大食漢ではない。ちょっとした食べ物の描写がやけに魅力的に感じてしまう。作者自身は物語に登場した食べ物にあこがれた、と書いている。ハイジの白パンやぶどう酒や冷たい牛タンなど。同じように本作を読む人は、作者が描く食べ物の描写に惹かれてしまうだろう。

あたたかいジュースや、なんてことない目玉焼きにしても、選び抜かれた言葉で描かれた食べ物というのは、読む人の食欲を刺激する。どこそこに行かないと食べられないレアな食材ではないというのが、より魅力的なのだろう。

■ストーリー

ここにあるのは幸福な魂の食事。食べものをめぐる言葉と、小説、旅、そして日々のよしなしごと。

■感想
食に関するエッセイのパターンとしてよくあるのは、旅先での食事だが、作者はそれよりも日常での食事のエッセイに力を入れているように感じられた。確かに非日常での食というのは、普段とは違う特別感から、エッセイのネタになりやすい。

日常での食事をエッセイの題材とするには、そこに日常での特別感を演出する必要がある。作者はそれが非常にうまい。妹と食べたししゃものから揚げあっさり炒めや、古いフライパンで作った目玉焼きなど、なんてことない食事のはずが、1年に1回あるかないかの特別な食事のように思えてしまう。

食事以外にも、作家として作者の行動がわかるエッセイもある。取材で福岡や三重に行く。そして、編集者たちの草野球を応援する。作家としてのハードな生活は当然として、徹夜続きでヘロヘロになっていたとしても、エッセイからはのんびりと日々の生活を楽しみながら仕事をしているように思えてくる。

ピリピリとした緊張感や、他人に対する怒りの気持ちが一切あらわれてこないエッセイだ。エッセイの題材として、日常に起こる不愉快な出来事はネタにしやすいのだろうが、それが一切ないのは、読んでいて心地良い。

本作の中でひときわ印象に残っているのは「さすらいのウェイターのこと」だ。作者が食事をするレストランで遭遇するウェイター。それは何年も前であったり、別の店で見かけたり。素性はよくわからないが、そんなウェイターがいるということにちょっと憧れてしまった。

W杯を見に行くから仕事を辞めると言い切れる自由さ。ウェイターという職種ゆえか。なんだか人生の先まで深く考えず、自由気ままな生活ができるというのは、何にも代えがたい素晴らしいことのように思えてしまった。自分がそうできないから、強い憧れをいだくのだろう。

本作のエッセイを読むと、かなりおなかがすいてくる。




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