ウエハースの椅子  


 2012.5.28   生命力を感じない恋愛 【ウエハースの椅子】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

38歳、中年女性の恋物語、というイメージはない。本作に年齢がどれほど重要なのかわからない。正直、年齢というよりも、生きかたというか、主人公の女性に生命力というのを感じなかった。言い方を変えると、生きるためのエネルギッシュさを感じなかった。日々幸せに安定した生活をおくっていながら、突如おとずれる絶望に困惑する。恋人との甘い生活や、妹との問題のない関係であっても、そこには浮き立つような楽しさというのを感じることができない。頭の中には幸薄い表情をうかべる女性のイメージしかない。完璧な恋かもしれないが、そこからあふれるような幸せのオーラを感じることはできない。はっきりと描かれてはいないが、不幸の香りしか感じなかった。

■ストーリー

「私の恋人は完璧なかたちをしている。そして、彼の体は、私を信じられないほど幸福にすることができる。すべてのあと、私たちの体はくたりと馴染んでくっついてしまう」―三十八歳の私は、画家。恋愛にどっぷり浸かっている。一人暮らしの私を訪ねてくるのは、やさしい恋人(妻と息子と娘がいる)とのら猫、そして記憶と絶望。完璧な恋のゆく果ては…。

■感想
恋愛にどっぷりと浸かる女。かといって、恋人に完全に依存しているようには感じなかった。なに不自由ない生活をし、画家としてもそれなりに成功し、妹との関係も良好となれば、あとは恋人との関係だけだ。物語は、この恋人との生活をメインに描かれてはいるが、恋愛依存症ではない。主人公が日々感じることが、作者の言葉で丁寧に描かれている。とりわけ、何かを表現する場合の形容詞の使い方に特徴がある。複数の形容詞を重ねて対象となる名詞を修飾することで、普通ではない感受性を表現しているようだ。

恋人との問題ない生活。べったりとした甘い生活のはずが、文章からはそれが伝わってこない。サラリと流れる日常生活の中の、ほんの一部のようにも感じられる。恋人との生活は重要ではあるが、流れにまかせており、なるようにしかならないという、どこか投げやりな雰囲気すら感じてしまう。内容的には、幸せなカップルのはずが、そこには情熱や前向きな雰囲気を感じることができない。作者の文体もあるのだろうし、主人公の、どこか世間ずれした感覚のせいかもしれない。

どこか普通ではない主人公。何がとはっきり明言できないが、強いてあげるなら、精気を感じられないといったところか。逆に、恋人に浮気をされた妹の方が現実的であり、生命力にあふれているように感じられてしまう。薄幸の女性というのは、どこかはかなげで守りたくなるというのはわかる。本作の主人公がそのタイプなのかどうか。突然、絶望がやってくるような生活は、やはり幸せではないのだろう。恋人との関係が、実は不倫だったとわかったとしても、それほど驚きはない。

甘い恋愛小説のはずが、物語から感じる印象は、程遠いものだ。




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