時のカフェテラス  


 2012.12.23    大人の余韻を楽しむ 【時のカフェテラス】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

作者はエッセイの中で、アイデアは枯渇するが、その分テクニックが上がるので、作品のレベルを保てていると語っていた。そのさいたるものが、本作なのかもしれない。アイデアとしてはなんてことない。ひとつのアイデアとオチで、読者をあっと驚かすようなパワーはない。が、そこに至るまでの構成がすばらしく、物語として余韻の残る終わりとなっている。作中ではすべてを明確にしない。読者に何かしら想像させるよちを残している。読者の想像が見当違いな方向へ行かないよう、巧みな伏線が張り巡らされている。根本のアイデアはなんてことない。ストレートに物語を描くと、印象に残らない。余計な周り道をするからこそ、印象深い作品となっている。

■ストーリー

喫茶店で見た油絵は、亡父が宝物にしていた高名画家の作に似ている。そこから回想はわが家の過去にと及ぶ。父の死、経済危機、姉による絵の売却、さらに姉の私生活の秘密とその死。あの絵は、幾多の人生模様を眺めてきた。人生での休息点「時のカフェテラス」を舞台に人間の哀歓を巧みに描く秀作集。

■感想
「黄の花」は印象深い。偶然喫茶店で見た絵は亡父の宝物だった。父の死後、経済的に困窮し、姉が絵を売却しことなきをえる。男は過去を思い出す。当時姉はどのようにして大金を手に入れたのか。単純に絵の売却だけではない何かを連想させる物語だ。大人となり、過ぎ去った出来事を回想する際に、よく考えれば…、と思うことはあるだろう。本作はまさに、過去のある一点を今思い出せばという想像を広げている。過去の出来事に行き着くまでの巧みな連想がすばらしい。いきなり過去に飛ぶのではなく、順を追ってたどり着くところにうまさを感じる作品だ。

「昼さがり」は、なんだか気分がほっこりとしてくる作品だ。ケーキのガラスケースを眺める少年。ケーキよりも安い甘食を常に買う。ふとその少年にケーキを買ってあげたい気分になる女。そのとき、女は過去の出来事を思い出す…。受け継がれていく伝統というか、見返りを求めない施しというか、心が温かくなる。今思えば、自分が過去に経験した理由のない幸運な出来事の裏には、実はこんな仕組みがあったのだろうか。そう考えると、現実世界でも自分が過去に経験した幸運を、誰かに還元しなければならないと思わせる作品だ。

その他の作品も、単純にオチに驚くだとか、アイデアがすばらしいといったたぐいのものではない。ラストまでゆっくりと坂を下るように進んでいく。が、最後の下り坂で、ふと頭の中に様々な情景がよぎる。この伏線にはこんな意味があったのか、悲しいけど、これが現実なんだなぁという余韻が残る。誰が読んでも必ず驚きや感動を引き起こす物語ではない。そのため、人によっては退屈でつまらないと感じる可能性がある。ある程度経験をつんだ大人であれば、作中の登場人物たちの心の機微をくみとることができるだろう。

ジェットコースター的小説が多い中で、このゆっくりとした余韻というのは、新鮮かもしれない。




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