てのひらの迷路  


 2011.4.21  作者の特徴満載のショートショート 【てのひらの迷路】

                      評価:3
石田衣良ランキング

■ヒトコト感想

短い中にも作者の言いたいことが詰め込まれている。エッセイ集のようなショートショート集。作者の体験をもとにしたものや、1つのアイデアだけで構成されたものなど、ショートショートならではのバラエティに富んだ作品集となっている。原稿用紙10枚ということで、余計な肉付けなしに、言いたいことだけそのものずばりを直球で描いている。そのため、読む方も余計なことを考えず、ただ作品から放出されるメッセージを受け取るだけだ。長編と比べると深く印象に残ることはないが、この軽さが深刻な物語を明るいものにしているような気がした。エッセイほど生々しくはないが、作者の小説に対するスタンスというのが垣間見える作品が多いような気がした。

■ストーリー

二十代の頃の恋愛、作家デビュー、そして母との別れ…。川端康成の『掌の小説』に触発された著者が「ささやくように」書きつづった、美しく、ちいさな二十四の物語。私小説のような味わいを持つ掌篇のストーリーと切れを楽しみながら、人気作家の素顔を垣間見ることができる、あなたのための特別な一冊。

■感想
どちらかといえば、実体験をもとにした作品が多いようだ。多少脚色されているとはいえ、有名人の知られざる一面が読めるということで、普通のショートショートよりは興味深く読める。中でも冒頭の「ナンバーズ」という作品は強烈だ。助かる見込みのない母親を病院の廊下でずっと待ち続ける心境。悲しみなのか、なんなのか、複雑な思いが短い中にも十分に溢れている。いざ、その局面になると、助かる見込みがないと思いつつ、ただ廊下で待つというのはどういった気持ちなのか。ヒリつくような緊張感でもなく、悲しみにうちひしがれるわけでもない。微妙な空気感が伝わってきた。

その他にも、作者の小説家としてのスタンスや、土地を買った話など、かなりプライベートな出来事をモチーフにしているようだ。当然、人気作家のため、それなりの苦労があるはずだが、泥臭い苦労話を描くのではなく、どこか浮世離れした、自由人としての生活を描いている。ものすごく過酷な仕事だとはわかっているが、本作を読むと、なんだか無性に小説家という仕事に憧れてしまう。何者にも縛られない自由な雰囲気というのがすべての作品から溢れている。それは恐らく、原稿用紙10枚で、あとは自由に書いて良いという仕事だからだろうか。

作品集としてのテーマは特にない。しいてあげるなら、作者の作風がすべて詰まっているような感じだろうか。ゾッとするような恋愛話や、エロティックな話、テレビ出演の経験をそのまま作品にしたものや、新宿で何日も過ごす女の子の話など、ああ、作者の作品なのだなぁとすぐにわかるものばかりだ。自由に描くとなると、当然作者の色が強くでている。もしかすると、何も知らずに本作のショートショートを読んだとしても、作者の作品だと気付くかもしれない。特別な文体があるわけではないが、物語全体から作者の香りというのが漂ってくる。

サラリと読めるので、作者のファンならば必読だ。




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