オリンピックの身代金  


 2011.8.24  昭和の東京に魅了される 【オリンピックの身代金】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

昭和30年代の東京の描写がすばらしく、そしてブルジョア階級に搾取され続ける労働者の過酷な環境にしびれてしまう。本作はミステリーの枠におさまりきらず、読み始めるとあっという間に東京オリンピックにわく東京へ迷いこんだ気分になる。様々な視点から物語がスタートし、オリンピックを材料に脅迫を行う爆弾魔はいったい誰なのか、というところからスタートする。すぐに犯人が誰かはわかるが、そんなことは関係ない。昭和の時代に生きる人々の、オリンピックにかける熱狂と、またたく間に進化していく東京という町の奇妙さの虜となる。事件うんぬんよりも、時代のすさまじさばかりが印象に残る。実際にオリンピックの開会式で爆弾が爆発したとしたら…、なんてありえない想像をしてしまう。

■ストーリー

昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。そんな気運が高まるなか、警察を狙った爆破事件が発生。同時に「東京オリンピックを妨害する」という脅迫状が当局に届けられた!しかし、この事件は国民に知らされることがなかった。警視庁の刑事たちが極秘裏に事件を追うと、一人の東大生の存在が捜査線上に浮かぶ…。

■感想
歴史的事実をベースに描かれているため、昭和30年代に起こった出来事が作中にそのまま描かれている。必然的に物語の結末は予想できるのだが、それでも昭和の東京に魅了されてしまう。その時代にどんな生活をし、東京がどう変わっていくのか。およそ50年前とは思えないはるか昔に感じるが、まぎれもなく50年前の東京はこうだったのだろう。一般市民の生活だけでなく、特筆すべきは出稼ぎ労働者たちの過酷な生活だ。もしかしたら、何年後かに、今の派遣社員の過酷な生活が描かれるかもしれないが、当時の労働者の暮らしを読むと、今はまだ甘いような気がしてならない。

労働者の環境と、それを従えるブルジョア階級の人々。オリンピックにわく東京で、一人そんな東京に一矢を報いようとする男がいる。爆弾魔をめぐっての警察の地道な行動と、ある一人のテレビ局社員の目線で本作は語られている。警察側の視点と爆弾魔側の視点によって、それぞれに感じる使命感というのがあり、テレビ局社員の視点では、ごくあたり前の市民の感覚として描かれている。本作はこの時代設定だからこそ成り立つのだろう。昭和の時代を未経験な人はもちろんだが、経験した人は懐かしさで涙がでるかもしれない。

ラストには、歴史的事実どおりの展開となる。オリンピックを人質にとるなんていう、大それたマネをした犯人側の視点に立ち物語りは進んでいく。成功しないとはわかっていながら、心のどこかでは、この無謀な計画が偶然にでもうまくいってほしいという感情になる。それは労働者の厳しい暮らしに同情したわけではなく、単純に行き当たりばったりに近い計画であれ、弱い者を応援したくなるという判官びいきの気持ちが強いのだろう。昭和の時代であればなおさら、弱い者が強者に勝つというストーリーを求めてしまう。

東京オリンピックをリアルに経験した人には、懐かしさで涙が零れ落ちるかもしれない。




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