鬼の跫音  


 2012.1.10  あとに引く怖さがある 【鬼の跫音】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

ひねりのきいたホラー。すべての短編にSという名の人物が登場し、物語の重要な鍵を握る人物となる。奇妙で恐ろしく、それでいて少しだけ驚かされる作品ばかりだ。物語の核心部分は、最後までぼやかせたまま、ラストに驚きと嫌な恐怖感を植えつけられる。短くコンパクトにまとめられ、物語としての面白さは凝縮されており、読んでいて飽きない。ただ、嫌な感じの恐怖であることには変わりなく、さらには作者の筆力により、恐怖感が倍増されている。じっとりと湿り気をおびた粘りつくような怖さがジワジワと押しよせる。登場人物に感情移入できるような作品ではない。どこか昔の乙一を思い出させるような、そんな作品かもしれない。短編ホラーとしてはかなり優れていると思う。

■ストーリー

刑務所で作られた椅子に奇妙な文章が彫られていた。家族を惨殺した猟奇殺人犯が残した不可解な単語は哀しい事件の真相を示しており…。同級生のひどい攻撃に怯えて毎日を送る僕は、ある女の人と出会う。彼女が持つ、何でも中に入れられる不思議なキャンバス。僕はその中に恐怖心を取って欲しいと頼むが…(「悪意の顔」)。心の「鬼」に捕らわれた男女が迎える予想外の終局とは。

■感想
「鈴虫」という短編は、ミステリーの定番と言うべき流れの中に恐怖が追加されている。Sの殺害に対する動機と、なぜ証拠を残しておいたのか。単純な憎しみと異常な状況を印象付けておきながら、実は別の真実があるという流れ。ある一つの方向へと物語を進めておきながら、最後に別の答えを用意してあるという作者得意のパターンだ。Sと共にすごした学生時代の描写から、しだいに現在へうつっていく過程の中で、読者に自然とその動機を読み取らせ、最後に大きな驚きとなる。思わずそのうまさにうなってしまう。

「ケモノ」は最もインパクトある作品かもしれない。偶然みつけた椅子の足に彫られた文字から、そのルーツを探ろうとする物語なのだが、一筋縄ではいかない。刑務所で椅子を作ったSの存在と、それを探る者。しだいに明らかになる衝撃的なSの人生と椅子の足に掘られた文字の意味。暗号めいた意味不明の言葉の真相がはっきりすると、恐ろしくもあり悲しくもある。そして、それを探る者にも実は隠された秘密がある。異常な状況に慣れつつあるが、この物語はとてつもない狂気を含んでいる。

「悪意の顔」は結局のところ結末はどうだったのか、考えさせられる作品だ。おそらく、不思議なキャンバスは妄想で、すべては現実的な答えがあることなのだろう。Sから執拗なイジメをうけた子どもが逃げ込んだ先は…。本作の恐ろしさは陰湿で普通ではないイジメと、それを行うSの心理的な異常さとは別に、不思議なキャンパスを扱う女が登場するということだ。一つの物語に二つの異常な人物が登場してくると、どちらに焦点を当ててよいのかわからなくなる。結局のところ、どちらの異常さが勝つか、それが答えのような気がした。

短編でありながら、すべてが印象深くあとに引く怖さがある作品だ。




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