ぬるい眠り  


 2012.6.8   意外な短編が面白い 【ぬるい眠り】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

雑多な短編が集められた短編集。表題作や「きらきらひかる」のその後を描いた作品は、いつもの作者らしく、ゆっくりと流れる時間の中で、あふれる女性の独特な感性というのが表現されている。作者の作品を読み慣れている人ならば、違和感なく物語りに入り込めるだろう。この短編集では、いつもの作者らしくない作品が強烈に印象に残っている。めずらしく男を主役にした作品かと思いきや、あっさりと終わる。それでも、読み終わったあとの爽快感というか、ニヤリと笑えてくるような気分は、作者の今までの短編にはない感想だ。男女の恋愛について語るのは、定番かもしれないが、作者が普段と違った一面をみせてくると、かなり新鮮味がある。

■ストーリー

半年間同棲していた耕介と別れても、雛子は冷静でいられるはずだった。だが、高校生のトオルとつきあっていても、耕介への想いはじわじわと膨らんでゆく。雛子は、大学四年の夏、かけがえのない恋を葬った(表題作)。新聞の死亡欄を見て、見知らぬ人の葬式に参列する風変わりな夫妻を描く佳編、『きらきらひかる』の十年後を綴る好編など全九編。

■感想
まず冒頭の「ラブ・ミー・テンダー」にやられてしまった。かなり短い作品だが、ラストの場面で思わず笑みがこぼれてしまう。エルヴィスプレスリー好きな母親が、ある日父親と離婚すると言い出した。その理由は…。老人性痴呆症を連想させつつも、最後に深い愛ゆえの行動を目の当たりにすると、なんだか幸せな気持ちになる。歳をとったとしても、本作のような夫婦になれれば、すべてがうまくいくのだろうと思えてしまう。スパッと終わるのも、変にこねくりまわさずに、余韻を残す効果がある。

「夜と妻と洗剤」は、作者らしくない作品だ。妻が夫に対して離婚を切り出す。夫は妻が不機嫌な原因を探りだそうとするのだが…。最初は作者なりの男性観というか、話を聞かない男に対する、バカにした感情のようなものが現れている作品かと思った。妻の話を聞かず、自分勝手に妻の機嫌をとろうとする男の的外れ感が妙に面白い。そして、最後の妻の表情とその場の雰囲気を想像したら、楽しくなった。この楽しさというのは、既婚者ならば伝わるだろう。ある意味、幸せな夫婦の形なのかもしれない。

「清水夫妻」は奇妙に印象に残っている。見ず知らずのあかの他人の葬式へ参加することを趣味とする夫妻。夫妻と共に他人の葬式へ参加する女。あかの他人の葬式へ参加するとうい発想がまず驚きだ。物語はなに不自由なく暮らす資産家の清水夫妻と女の交流がメインなのだが、人生とはいったい何なんだと考えてしまう。それぞれにいろいろな恋愛を経験してきたとして、最後に運命のパートナーと出会えた理由は何なのか。葬式に参加するという奇妙な趣味と、新鮮な夫婦観に驚きが生まれるかもしれない。

作者らしくない短編の方が印象に残っている。




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