水の柩  


 2012.9.19    すべてをリセットする気持ち 【水の柩】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

普通なことに悩む中学生の逸夫。イジメをうける同級生の敦子。そして、忘れられない過去をもつ逸夫の祖母の”いく”。この3人を軸に物語は進んでいくのだが、ミステリーの要素はない。何か大きな仕掛けを期待すると、肩透かしをくらうかもしれない。逸夫と敦子といくが、それぞれ心の奥底に抱えていた、なんらかのわだかまりを、どのようにして取り払うのか。「水の柩」というタイトルどおり、すべてを柩の中に投げ込むことで、すべてをリセットする。誰にも言えず心の奥底にわだかまりを抱えている人は、本作と同じように心をリセットすべきかもしれない。悩みを抱えた人へ向けた心のあり方を示す作品のような気がした。

■ストーリー

老舗旅館の長男、中学校二年生の逸夫は、自分が“普通”で退屈なことを嘆いていた。同級生の敦子は両親が離婚、級友からいじめを受け、誰より“普通”を欲していた。文化祭をきっかけに、二人は言葉を交わすようになる。「タイムカプセルの手紙、いっしょに取り替えない?」敦子の頼みが、逸夫の世界を急に色付け始める。だが、少女には秘めた決意があった。逸夫の家族が抱える、湖に沈んだ秘密とは。大切な人たちの中で、少年には何ができるのか。

■感想
「普通」に悩む少年。普通で何が悪いのかと思うが、逸夫の環境というのは、普通ではない。老舗旅館の経営状態や、将来自分が継ぐことになるかもしれないということ。いくとの微妙な関係や、いくの過去を知ったときの衝撃。そして、中学生の時期としては、避けては通れない父親との関係。これは、多くの中学生が感じることなのかもしれないが、自分の父親を超えてしまった、という感覚。男ならば、うれしいよりも、悲しい感情がわきたつ場面かもしれない。本作で唯一といって良い、感情移入した場面だ。

同級生から激しいイジメをうける敦子。タイムカプセルに入れた同級生を糾弾する内容の手紙。それを取り出そうと逸夫を誘うのだが…。このあたり、敦子の心情は最後まで理解できなかった。なぜタイムカプセルから手紙を取り出そうとしたのか。イジメをうけ、生きる力をなくすことと、手紙にどんな関連があるのか。逸夫により敦子の生活に多少の変化がおとずれたとはいえ、敦子がすべてに前向きになる要素というのは少ない。逸夫のリアルな心情と比べると、敦子については、ほとんどその心情を理解できなかった。

隠していた過去をさらけだすいく。3人の中では、もっとも心の奥底に闇を抱えているように思えた。そんないくが変わることよりも、加齢と共に痴呆症を発症させていくというのが、なんとも複雑な気分になる。最後には、すべてがすっきりと解決されているような流れではあるが、一部のわだかまりが晴れることはない。同じように心の闇を抱えた人が、本作の3人と同じようにすっきりと悩みを解決できるかというと、微妙かもしれない。すべてをリセットする儀式としての水の柩というのは、彼と別れた女が、彼から貰ったプレゼントを全て捨てるのに近い心境だろうか。

ミステリー要素はない。心の悩みをすっきり解き放つための物語だ。




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