球体の蛇  


 2011.11.11  不幸の連鎖が悲しい 【球体の蛇】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

ミステリーではないが、ミステリー風な驚きがある。作者が得意とするタイプの作品ではないのだろうが、十分引きつけられる。友彦の周辺の複雑な家庭環境や、隣の家に居候しており、その娘たちとの関係など複雑だが、幸せをにおわせる冒頭。そこから、一気に物語は不幸の坂を転がり落ちていく。ある起きてしまった不幸に対して、みんなが何かしらの責任を感じ、そこからさらなる不幸が始まる。真実はどうあれ、思い込みによる不幸の連鎖というのが悲しくなる。読者は物語が進むにつれ、新たな真実と思わしき出来事が登場し、驚くことだろう。ただ真実よりも、思い悩むものたちの苦悩を思うと心が苦しくなる。ラストには明るい未来を感じさせるのが唯一の救いだ。

■ストーリー

1992年秋。17歳だった私・友彦は両親の離婚により、隣の橋塚家に居候していた。主人の乙太郎さんと娘のナオ。奥さんと姉娘サヨは7年前、キャンプ場の火事が原因で亡くなっていた。どこか冷たくて強いサヨに私は小さい頃から憧れていた。そして、彼女が死んだ本当の理由も、誰にも言えずに胸に仕舞い込んだままでいる。乙太郎さんの手伝いとして白蟻駆除に行った屋敷で、私は死んだサヨによく似た女性に出会う。彼女に強く惹かれた私は、夜ごとその屋敷の床下に潜り込み、老主人と彼女の情事を盗み聞きするようになるのだが…。

■感想
複雑で不幸な物語だ。序盤では親が離婚し複雑な心境のまま、隣人である乙太郎の家に居候することになる友彦。友彦と乙太郎とその娘のナオとの三人のささやかな幸せな生活というのは、読んでいて気分が良い。特に乙太郎のキャラクターがぼんやりとしているが、古き善き父親像を表現しているように、落ち着いた暖かさがある。過去の不幸な出来事をいつまでも心の奥底に仕舞いこみ、平凡な暮らしを続けるはずだったが、ある一人の女の登場により、そこから幸せにほころびが見え始める。

ミステリーの要素がなく、ちょっと屈折した男の物語かと思っていた。思い悩み、手の届かない女性への思いに苦しむ青年という流れになるかと思いきや、中盤から物語は大きく動いていく。過去に事故で妻と娘を失った乙太郎と、それに関係してると思い込んでいた友彦。誰もが不幸な事故の原因は自分にあると思い込み、表面には出さないが心の奥底で苦悩する。真実はどうであれ、その苦悩がまた別の不幸を運んでくるという、不幸の連鎖が悲しい。最初の段階で少しでもズレていれば、ドミノ倒しのように不幸が続くことはなかったはずだ。

ミステリーではないが、驚きはある。過去の事故は誰もが偶然な事故だと思い込んでいた。ただ、偶然にいたる過程で、自分に責任があると思い込んでいる者たち。一つの真実が明らかとなると、またそこから不幸の連鎖が始まってしまう。かと思うと、今までの真実をすべて覆すような別の真実があらわれ、それによって人は苦悩する。結局は、真実がどうあれ、乙太郎の妻と娘が事故で死んだという事実は変わらず、周りの人たちの苦悩の量が真実によって上下するだけだ。なんだか無性に悲しくなる物語だ。

ラストが、苦悩を忘れ明るい未来へと突き進む流れだというのは、せめてもの救いかもしれない。




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