北の夕鶴2/3の殺人  


 2012.9.9    執拗に痛めつけられる主人公 【北の夕鶴2/3の殺人】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

吉敷が主人公のこのシリーズは、ガチガチのミステリーばかりだが、本作は本格の要素が強い。不可解な事件が発生する序盤。吉敷が満身創痍になり、捜査を続ける中盤。そして、あっと驚くようなとんでもない大掛かりなトリックが待つ終盤。想像を絶する仕掛けで、今までのシリーズとしてアリバイトリックをこねくり回していた印象とは大きく異なっている。現実問題として、実現可能かはおいといて、この強引さは新鮮だ。ボロボロの吉敷が最後にたどりついた結論。もし、吉敷がオマケのごとく交通事故にあったりと、ボロボロの体でなければ、事件としてはあっさりと解決したのかもしれない。そこまでボロボロにする必要があるかと思うほど、執拗に吉敷を痛めつける作者。極限の状況における推理のスリルがある。

■ストーリー

五年ぶりの電話の主は、別れた妻通子だった。ただならぬ気配を漂わせながらも、彼女は「ただ声が聞きたくて」と言うにとどまり、何の説明もしないまま電話を切った。焦燥に駆られ、吉敷はすぐさま上野駅に向かう。そして走り出す〈ゆうづる〉のガラス越しに、窓に両手をあて自分を見つめる通子の姿を見る。

■感想
冷静沈着な男というイメージの吉敷が、本作に限り、人間らしさを見せている。別れた妻との関係や、怒りに我を忘れるなど、完璧な推理を展開する男としてのイメージからは、少しはなれている。そんな吉敷が、別れた妻が容疑者となりえる事件にたずさわることになる。事件を取り巻く環境は奇妙だ。突然音が鳴り始める夜鳴き石の存在や、夜中、雪の上を怪しくさまよう鎧武者。そして、窓の外には何もないはずが、カメラにだけ写りこんだ鎧武者。源義経の伝説を連想させるようなオカルト的流れもあり、そのトリックには否が応でも興味がわいてくる。

作者に限り、オカルトだとか超常現象というオチがないのはわかっていた。ただ、序盤の流れではどう考えてもオカルトの要素が強い。部屋にいるはずのない人物が部屋で被害者となる。犯人と思わしき人物は、その部屋には入れない状況。テレポーテーションしなければ成立しない状況に、吉敷は立ち向かう。トリックがこれぞまさに本格ミステリーというような大掛かりなもので、想像をぜっするものだ。シリーズの中では少し異色かもしれない。

本作の特徴のひとつとして、徹底的に痛めつけられる吉敷の姿がある。トリック解明や、物語として必ずしも必要というわけではないが、今回の吉敷はあちこちで災難に合う。得体の知れない暴漢に襲われ、体がボロボロになり、満身創痍で事件の解決に向かうが、そこで交通事故にあう。この交通事故こそ、ほとんどストーリーに影響はない。にもかかわらず、ここまで苦境に立たせる意味は何なのか。これが、物語として別れた妻への思いの強さを表現する手段のひとつなのだろうか。

大掛かりなトリックには、驚愕せずにはいられない。




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