神様のボート  


 2012.3.31   悲しさのある自由さ 【神様のボート】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

引越しをくりかえす母娘。それは何かから逃げ出すための引越しではなく、居心地の良さから根付いてしまうことへの恐怖からだ。強烈な恋愛の思い出を抱えたまま、根無し草のように転々とする母娘。そこには、当たり前に日々を生活するサラリーマンでは手に入れることのできない、自由な空気感がある。付き合わされる娘にとっては、たまったものではないが、このなんともいえない自由な空気は引き付けられる。引越しをくりかえすことを、神様のボートに乗ったからという親。まっとうな生活を望む娘。現実的な金やしがらみなどをすべて捨て、母娘二人だけの生活というのは、うらやましくもあり、悲しくもある。本作の自由さは、サラリーマンには毒だ

■ストーリー

昔、ママは、骨ごと溶けるような恋をし、その結果あたしが生まれた。“私の宝物は三つ。ピアノ。あのひと。そしてあなたよ草子”。必ず戻るといって消えたパパを待ってママとあたしは引越しを繰り返す。“私はあのひとのいない場所にはなじむわけにいかないの”“神様のボートにのってしまったから”―恋愛の静かな狂気に囚われた母葉子と、その傍らで成長していく娘草子の遙かな旅の物語。

■感想
衝撃的な恋愛から、思い出を箱にしまいこみ旅ガラスの生活を続ける母娘。過去の恋愛にとりつかれたため、放浪の生活を好む母葉子。葉子に従いながらも、転校をくりかえす生活に嫌気がさしている娘の草子。この二人の目線で交互に語られる本作。最初は二人の、生活に対する思いというのはそれほど違いはない。しかし、草子が成長するにしたがって、草子は根無し草の生活にうんざりしてくる。転校し、新たな人間関係を作る辛さや、仲の良い友達と別れる悲しさ。葉子の自由気ままで、思い立ったらすぐ行動する気まぐれさに翻弄される草子には、可愛そうという思いがわいてくる。

神様のボートに乗った生活は、現実の瑣末なことをすべて消し去る力があるのか。金や生活基盤を作ることについて葉子はいっさい考えていない。将来のことなどはなから頭にない。それだけに、生活できるだけの金があれば、あとは自由に散歩をし、図書館で本を借りて読むという生活を続ける。この自由さには、それなりのリスクがあるが、あこがれてしまう。本作では、リスクの部分をいっさい描かず、ひたすら葉子の自由きままな雰囲気のみ強調されている。日々アクセク働くサラリーマンにとっては、羨ましい以外の何者でもない。

引越しをくりかえす生活にも終わりがくる。草子が自分の考えを主張しはじめると、すぐに崩壊する幸せだというのはなんとなくわかっていた。過去の恋愛と、娘の成長だけを心の糧として生きてきた葉子に、このあとどんな人生がまっているのかわからない。毎日規則正しい生活をしている人は、葉子のような自由さにあこがれるだろう。本作を読むと、なんてことない夜道も、「このまますべてを捨ててどこかへ逃げたい」なんて気分にさせるから恐ろしい。そのあとにまっているリスクを忘れさせるパワーが葉子の生き方にはある。

神様のボートには、1年程度の期間限定で乗ってみたい。




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