悼む人 上  


 2013.8.19     読む人の心を浄化する 【悼む人 上】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

他人の死を悼む人、静人。何のために?誰のために?という疑問は、嫌というほど作中の人物たちが問いかけている。その問いかけに対する静人の答えは、常人では理解できない。人の不幸を飯の種にしてきた雑誌記者や、夫を殺した女に対しても静人の対応は変わらない。どんな悪意や憎しみに対しても静人はぶれない。そんな静人に接していく中で、人々の心が変わっていくのを感じることができる。

無償の愛なのか、それとも究極の憎しみなのか。人が日常に感じる罪や悩みをすべて吹き飛ばしてしまうような、そんな力を感じさせる作品だ。静人の目的のない、苦行のような行動に感化されていく人々を感じると、同じように読者にも影響を与える気がする。

■ストーリー

不慮の死を遂げた人々を“悼む”ため、全国を放浪する坂築静人。静人の行為に疑問を抱き、彼の身辺を調べ始める雑誌記者・蒔野。末期がんに冒された静人の母・巡子。そして、自らが手にかけた夫の亡霊に取りつかれた女・倖世。静人と彼を巡る人々が織りなす生と死、愛と僧しみ、罪と許しのドラマ。

■感想
赤の他人の死を悼む静人。その修行僧のような行動には、どんな意味があるのか。一般人からすると静人の行動は理解できるものではない。人の不幸を追いかける雑誌記者の蒔野が、静人の目的を探ろうと後を追いかけ続けるのはよくわかる。

絶対に何か自分の利益になるために行動しているのだと考えてしまう。そんな蒔野の考えをあざ笑うかのように、静人はひたすら人の死を悼む。たとえ架空の物語だとしても、蒔野の心に変化がおとずれたように、読者も何かしら静人に影響を受けることは間違いない。

生きるために必要最低限の食事しかしない静人。人が当たり前にもつ欲望をすべて捨て去り、人の死を悼むことに心血を注ぐ。見返りを求めない行動というのは、人間の悪い癖か、何か裏があるのだと想像してしまう。夫の亡霊に取りつかれた倖世も、その考えを捨てきれない。

倖世と静人の奇妙な二人旅もまた、強烈なインパクトがある。夫の亡霊と会話しながら、静人の行動をたどる倖世。心が病んでいるのは間違いない倖世が、静人と出会うことにより救われるのか、はたまた、より暗黒の淵へ落ちていくのか。静人の何気ない行動に、人を救う力があるのは間違いない。

静人の母親が末期がんだというのが衝撃的だ。静人の母、巡子が自分の死期を悟りながら、静人の行為を理解するその気持ち。なんだか、相手を思いやる気持ちという、簡単な言葉では済まされない力を感じてしまう。人の死を悼むまえに、自分の母親のことを…。と普通は考えるだろう。

悟りを開いたような静人の行動ひとつひとつが、人の悪意を浄化するようだ。何か事件が起きるわけでもない。不思議な男である静人をめぐる人々の心の浄化の物語といってよいだろう。

悩みを抱えている読者は、間違いなく何かしら救われるものがあるだろう。




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