ヒア・カムズ・ザ・サン  


 2012.10.18    父としてのプライド 【ヒア・カムズ・ザ・サン】

                      評価:3
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■ヒトコト感想

7行のあらすじから、ふたつの物語を作る。最初の物語は意外な展開だ。アメリカから帰国した男がどんな人物なのか。脚本家ということと、20年ぶりの再会という伏線が活きている。サイコメトラー的な能力をもつ真也が、隠された秘密をさぐる。たった7行のあらすじから、ここまで想像力を働かせることができる作者はすばらしい。20年ぶりに再会する娘に対する父親の思い。冒頭の流れからは連想できない展開であることは間違いない。もうひとつの物語は、娘に良いかっこうをしたがる父親の気持ちがものすごく伝わってきた。娘だけでなく、周りに対しても良い顔をする。父親としてのプライドなのか何なんのか。それは、男としてわからないことではない。

■ストーリー

真也は30歳。出版社で編集の仕事をしている。彼は幼い頃から、品物や場所に残された、人間の記憶が見えた。強い記憶は鮮やかに。何年経っても、鮮やかに。ある日、真也は会社の同僚のカオルとともに成田空港へ行く。カオルの父が、アメリカから20年ぶりに帰国したのだ。父は、ハリウッドで映画の仕事をしていると言う。しかし、真也の目には、全く違う景色が見えた…。わずか7行のあらすじから誕生した二つの小説。大切な人への想いが、時間と距離を超え、人と人とを繋げていく。

■感想
ふたつの違った物語が収録された本作。ただ、アメリカで脚本家として活動するカオルの父親が、20年ぶりに帰ってくるという部分は同じだ。帰ってくる父親がどうなっているのか。最初の物語は、ちょっとした驚きがある。それは真也がサイコメトリーの力をもっているからこそ気付くことができたことだ。大ヒット映画の脚本家として活躍した男。ペンネームはHALといい有名人だ。HALがアメリカから帰国し、そのとき真也が感じたことは…。突然の真也の言葉に驚かずにはいられない。そのパターンを想像していなかっただけに、衝撃的な驚きだ。

ふたつ目の物語は、プライドの高い父親の話だ。本作のHALの気持ちはよくわかる。父親となり、一家を支える存在となれば、なおさらだろう。娘には脚本家として成功した姿を見てもらいたい。男のあさましいプライドというか、見栄というか。他人に対して執拗に自分の力を誇示するのは、自分に自信がないからにすぎない。本作のHALは、娘を含めた家族が信用できないからこそ、自分を嘘で塗り固めるしかなかったのだろう。他人事ながら、HALの気持ちがよくわかるだけに、心に響いてくる。

真也の特殊能力は、編集者という仕事に特化している。知りたくもない他人の記憶が読めるという苦悩もありつつ、カオルの手助けをする。アメリカ帰りのHALの素性に注目しがちだが、実は真也の特殊能力と、それに苦悩する姿というのは、ある意味、本作のメインかもしれない。ふたつの物語は、読後感がずいぶん違う。衝撃度は最初の物語だが、父親の無意味に虚勢を張る姿が痛々しくもあるふたつ目の物語は、もしかしたら自分も似たような行動をとっているかもしれないと思えてくる。

ふたつの物語の違いを楽しむのも良いかもしれない。




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