赤い長靴 江國香織


2012.9.25    妻帯者には恐怖でしかない 【赤い長靴】

                     
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■ヒトコト感想

結婚して10年目、子なしの夫婦の物語。経済的にも恵まれた環境で、何不自由なく暮らす二人。基本は妻である日和子目線での物語りなのだが、これが思わぬ恐ろしさをかもし出している。内容は平和でほのぼのとしたモノのはずが、恐ろしい。それは、恐らく妻帯者だけが感じる恐怖だろう。夫のことを愛してはいるが、気に入らない部分が多々ある妻。それは日々の生活の中で、些細なことかもしれないが、積み重なった不満がいつ爆発するのかという恐怖がつきまとう。日和子の問いかけに生返事をしたり、一度に二つの質問をするのは厳禁だったり、服を脱ぎっぱなしにしたり。些細なことにイラつく日和子の心情描写を読んでいると、自分の妻も、もしかして…と思ってしまう。

■ストーリー

「私と別れても、逍ちゃんはきっと大丈夫ね」そう言って日和子は笑う、くすくすと。笑うことと泣くことは似ているから。結婚して十年、子供はいない。繊細で透明な文体が切り取る夫婦の情景―幸福と呼びたいような静かな日常、ふいによぎる影。何かが起こる予感をはらみつつ、かぎりなく美しく、少し怖い十四の物語が展開する。

■感想
平穏な生活を続ける二人。ただ、平穏だと思っているのは夫だけ。実は妻の心の中では、様々な葛藤がくり返されていた。基本は、幸せな夫婦のノンビリとした生活を描く作品なのだろう。ただ、どうしても感じてしまうのは、日和子の夫に対するグチめいた思いの強さだ。もしかしたら、作者が現実の夫に対して思っていることが、そのまま作品となったのかもしれない。作者のエッセイから感じとれる描写とあまりに似通っている部分があるだけに、余計に妻帯者としては恐怖を感じずにはいられない。

妻と夫、それぞれの目線で描かれた連作短編集である本作。ほとんどが妻の短編だが、ときおり、夫目線の作品がある。夫目線の作品は、どちらかといえば、自分自身が殻に閉じこもりがちだということが強調されている。誰かに対する不満ではなく、他人がなぜそのような行動をとるのかわからない、といった感情が並べられている。よくわからない相手のひとりとして妻の日和子が存在し、意味もなく笑うというイメージをもつ。このあたり、何も気付かない鈍感な夫といった感じを表現しているのだろう。

日和子目線の物語は、妻帯者にとっては恐ろしいことばかりだ。日々のちょっとしたことにイラだちを感じるが、それでも夫をいとおしいと思う日和子。爆発する直前まで達しながら、ふとしたきっかけで爆発寸前で抑えられる。このギリギリのラインを表現されると、自分はどうなのかと考えてしまう。表面上はニコニコしていながら、心の中では不満が鬱積する。爆発したときが、離婚のときという雰囲気があり、本作の中でそれが必ずおとずれるものと思っていた。

妻帯者には真に迫る恐ろしさがある。



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