あふれた愛 天童荒太


2013.9.20     普通ではない愛の物語 【あふれた愛】

                     
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■ヒトコト感想

愛について描かれた短編集。とりわけ、精神に問題を抱えた者の物語となっている。おそらく、本作を読む人が、どのような精神状態にあるかで、随分と印象は変わるだろう。感情移入とまではいかないまでも、近い状況を経験したことがある人ならば、必ず心に残る何かがある。心躍るような恋愛物語ではない。すれ違いやお互いを追いつめ、傷つけあうこともある。

結末として、ハッピーエンドになればまた感想も違ったのだろうが、必ずしもそうはならない。特殊な状況の愛には違いない。普通の人では感じることのできない感情の機微を、精神に異常を持った人々を通して描く。当たり前の日常に慣れたマンネリカップルなどにはよいカンフル剤になるかもしれない。

■ストーリー

ささやかでありふれた日々の中で、たとえどんなに愛し合っていても、人は知らずにすれ違い、お互いを追いつめ、傷つけてしまうものなのか…。夫婦、親子、恋人たち。純粋であるがゆえにさまざまな苦しみを抱え、居場所を見失って、うまく生きていくことができない―そんな人々の魂に訪れる淡い希望を、やさしくつつみこむように描く四つの物語。

■感想
「とりあえず、愛」は間違いなく、自分にとって忘れられない作品となった。激務で体を壊した夫は、妻のつぶやいた一言が気になってしまう。育児ノイローゼになりかけた妻が、子供を殺すかも、とつぶやいた瞬間、自分の中で衝撃を受けた。物語が進むにつれて辛く苦しくなった。

自分に子供が生まれ、当たり前に日常を過ごしているが、相手のことをどれだけ考えていたのかを考えさせられた。突然つきつけられる離婚の二文字。架空の物語とわかってはいるが、心が苦しくなる。読む人の精神状態と、環境により本作の感じ方は大きく変わってくるだろう。

言葉で相手にどれだけ自分の思いを伝えられるのか。作中の夫は頭の中でばかり考え、すべてを自分の中で完結し、平和な日常を取り戻そうとする。それに気づかない妻は…。世間一般の男ならば、誰もが共感できる部分だろう。

夫の体や娘のアトピーの治療のため、懸命に努力する妻の姿というのは、その環境に慣れてしまえば、感謝も口にだすことはないだろう。自分に置き換えて考えると、当てはまることばかりなので、恐ろしくなる。タイトルと中身から感じる印象が随分と違う。まさか、これほど衝撃的な物語だとは予想もしなかった。

「うつろな恋人」は、相手に対する思いが強くなるあまり、相手を追いつめる男の身勝手さばかりが印象に残った。激務で体を壊した男は、病院の近くの喫茶店へ通い、そこでアルバイトをするひとりの女性と親しくなるのだが、彼女には恋人がいた…。お互いが精神になんらかの問題を抱える者同士。

作中で男は正常のように描かれてはいるが、医師の静止を聞かず自分の欲望のおもむくままに行動する。男というのは、常に自分が王子様になれると考えるのだろう。男の身勝手さと、異常な行動へ至るまでの思考原理が、世の男が当たり前に考えそうなことだけに、驚かされた。

精神に問題を抱えた者たちの愛を描く。なんだか妙に心に残る短編ばかりだ。



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