残虐記 桐野夏生


2009.12.23  監禁事件での強烈な想像力 【残虐記】

                     
■ヒトコト感想
現実の事件を彷彿とさせる流れ。少女監禁事件の被害者が作家として手記を発表する。そこには事件の詳細だけでなく、そのときの思いやその後の成長にどのような影響を与えたのかを事細かに分析している。最初は単純な監禁事件かと思ったが、奇妙な人間関係により、複雑な様相を示している。新たな事実が見え、想像力がはっきされるたびにとても驚かされた。通り一遍のありきたりな事件ではない。特に、被害者の夫がある人物だったということに一番衝撃をうけた。後半になればなるほど、新たな驚きが待っている。すでに解決した事件の詳細が少しづつ見えてくるのは、ページをめくる手を決して緩めさせない効果がある。思わず元ネタとなった現実の事件がどのようなものだったか調べてしまった。

■ストーリー

自分は少女誘拐監禁事件の被害者だったという驚くべき手記を残して、作家が消えた。黒く汚れた男の爪、饐えた臭い、含んだ水の鉄錆の味。性と暴力の気配が満ちる密室で、少女が夜毎に育てた毒の夢と男の欲望とが交錯する。誰にも明かされない真実をめぐって少女に注がれた隠微な視線、幾重にも重なり合った虚構と現実の姿を、独創的なリアリズムを駆使して描出した傑作長編。

■感想
少女監禁事件の被害者目線で語られる本作。事件が解決した後も周囲の目にさらされる辛さと、その後の人生にどのような影響を与えたのかが描かれている。少女が想像する夢と男の行動。いったい何が真実で何が虚構なのか、読んでいると混乱する可能性もある。しかし、虚構が入り混じることによって、読者に対しても強い想像力を誘発させる力がある。事件を他人事として眺めるだけの傍観者である読者が、いつのまにか事件を調査する検事となり、最後にはごく身近な人物となる。秘密が少しづつ明らかになるにつれ、面白さは増してくる。

強烈なのは、監禁の恐怖ではなく、十歳の女の子が考える大人びた行動原理だ。作中でも語られているように、十歳というのは大人が思っている以上にしっかりとした考えを持っているのだろう。複雑に絡まる人間関係の妙。監禁されていた隣の部屋の人物が、実は共犯者だったかもしれないという想像力。一般人が安易に考える監禁事件のはるかに先をいっている。本作で一番驚かされることは、なんといってもその強烈な想像力だろう。実際の事件では到底ありえないようなことであっても、まるで当たり前のように想像する。これこそ小説家に一番必要な能力なのだろう。

物語は監禁事件を告白する形で終わっている。そのため、人によっては物足りなく感じるかもしれない。手記に書かれたことがすべて事実ではなく、作中の作者の虚構も混じっているという記述を見ると、もはや何が真実で何が虚構なのかわからなくなる。事件が事件だけに、読後感はすっきりするものではない。思わず元ネタとなった新潟少女監禁事件を調べてしまった。そこには当然細かな説明は書かれていないが、本作を読むとその理由もわかるような気がした。

作者の長編作としては物足りないかもしれないが、十分楽しめる作品だ。



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