月島慕情 浅田次郎


2010.3.27  その時代を感じるさせる物語たち 【月島慕情】

                     
■ヒトコト感想
それぞれまったく違った時代背景で描かれる物語。吉原の女が恋した男の真実や、戦時中のソロモン島で戦う兵士の話など、時代は違っても感じることは共通しているような気がした。身請けされることを願い続けた女が、奇跡的に身請けされる予定の男が実は…。かなり強烈だが、女の思いを考えると、やりきれない気分になってくる。怒りを誰にぶつければよいのかわからず途方にくれる感じだろうか。さらには、読んでいると、いつの間にかその時代にはまり込んでしまう。特に戦時中のソロモンという最前線の環境は、唖然とするしかない。自分の体についたウジを貴重な蛋白源とするような生活など、想像することすらできない。虚構でありながらへんにリアルに感じてしまう。

■ストーリー

恋する男に身請けされることが決まった吉原の女が、真実を知って選んだ道とは…。表題作ほか、ワンマン社長とガード下の靴磨きの老人の生き様を描いた傑作「シューシャインボーイ」など、市井に生きる人々の優しさ、矜持を描いた珠玉の短篇集。

■感想
いくつか印象に残る短編がある。表題の「月島慕情」はその時代における女というものがどのような扱いを受けてきたのか。そして、吉原の女となってからも、結局人買いの言葉が身請けと変わっただけで、本質は変わっていない。そんな時代に、奇跡的に身請けの話がきた女の悲劇を描いている。いつだって身勝手なのは男だと断罪するのは簡単だが、この時代自体がなんだか不思議な雰囲気をかもし出しているような気がしてならない。家族を満足に養えないほどの男が、吉原に入れ込むなんてことができるあたり、現実感がない。

時代は変わって戦時中の日本を描いた作品も強烈だった。ソロモン諸島での激しい戦い。その戦いというのは、敵と戦うのではなく、飢えとの戦いだ。自分の傷口にわいて出てきたウジを貴重な蛋白源として食す。極限までの飢餓は仲間さえも、貴重な蛋白源と見えてしまうのだろうか。激しい前線での飢えとの戦いとはまったく別世界の出来事に遭遇した男は、そこで何を思うのか。何も考えずにウナギをひたすら口に運ぶ姿というのは、想像したら恐ろしくなってきた。すべてがマヒする世界の中で、怒りや憤りなどよりも、仲間を思う意思だけで体は動くのだろう。

「シューシャインボーイ」は偶然にもつい最近スペシャルドラマがやっていた。ドラマは見ていないが、確かに物語としてわかりやすく、ちょっとした驚きもあり、ドラマチックな展開となりやすいのだろう。ただの運転手である男が、ワンマン社長の様々な行動を見て、考え、勝手な想像をする。会社でリストラされた男たちに、何か鼓舞するような雰囲気すらある。また、別の側面では、時代と共に変わっていく価値観を描いているようにも思える。高度成長期ならではの物語なのかもしれない。

靴磨きにはなじみがないが、もしみかけたら一度やってみようかと思う。



おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
pakusaou*yahoo.co.jp