地を這う虫 高村薫


2009.3.7  敗れざる男の物語 【地を這う虫】

                     
■ヒトコト感想
昭和の匂いを感じる男たち。希望にあふれる未来があり、日々の生活に活力と充実感を見出している男たちではない。どこか厭世的で幸せの匂いを感じない。しかし、それは客観的な見方であって、当人たちは与えられた仕事に真剣に取り組み、日陰者なりの生活を送っている。一つ一つの短編が浮わついた気分など一切ない、硬派で男くさく、そして人間味にあふれている。敗れ去った男たちが次に生きる場所を求めるのはどんなところなのだろうか。さまざまな仕事に従事する男たちには、刑事という前職がどう影響してくるのか。ミステリーとしての軽さよりも、その人間くささと男たちの生き様になんだか真剣に読み入ってしまった。平成の世でありながらあきらかに昔ながらの雰囲気を感じる作品だ。

■ストーリー

「人生の大きさは悔しさの大きさで計るんだ」。拍手は遠い。喝采とも無縁だ。めざすは密やかな達成感。克明な観察メモから連続空き巣事件の真相に迫る守衛の奮戦をたどる表題作ほか、代議士のお抱え運転手、サラ金の取り立て屋など、日陰にありながら矜持を保ち続ける男たちの、敗れざる物語です。

■感想
本作に登場する男たちの姿を頭に思い浮かべると、競馬場にいる、うらぶれた中年親父の風貌が似合うような気がする。ある意味、敗者として生活していく男たち。望んだ環境での仕事ではないかもしれない。しかし、男たちは与えられた環境で、前職の名残を感じながら日々生活していく。多少のミステリー風味があるにしても、それは味付けにすぎない。元刑事という経歴が一般社会にどのような影響を与えるのか。刑事的視点や周りの接し方など、ある種独特な雰囲気の作品であることは間違いない。

本作を読むと、刑事という職業がどれだけ特殊なものかということがあらためて実感できる。辞めたあとも、まるで陰のようにへばりつく経歴。何をするにしても、決して抜きには語れない素性。本作を読んで刑事のイメージがよくなるなんてことは決してないだろう。日陰者として生活する男たち。客観的に見ると惨めなはずなのだが、それよりも、新たな職についたとしてもへばりつく刑事という陰のほうが大きなインパクトを残している。手帳をもちながら全てを記録していく男など、まさにその典型だ。

本作の中で一番印象に残っているのは文句無く「地を這う虫」だ。表題にもなっているとおり、一人の男の特殊性に惹かれてしまう。元刑事だからではなく、一人のキャラクターとしても強烈なインパクトを残している。ミステリーとしての面白さよりも、キャラクターの人間味。この男がどんな生活をし、どんな家庭を築き、どんな未来を夢見ているのか。男の行動はメトロノームのように一定なのだが、その中にもかすかな変化が訪れる。読んでいると、誰しもほんの少しは共感できる部分があるかもしれない。ここまで厭世的ではないにしろ、このアウトローな部分は誰もが多少持っていることだろう。

感情移入するような作品ではない。しかし、興味深く読むことができるのは確かだ。



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