地下街の雨 宮部みゆき


2009.5.25  不思議な出来事の短編 【地下街の雨】

                     
■ヒトコト感想
不思議な出来事をテーマにしたいくつかの短編が収録された本作。表題の「地下街の雨」や「ムクロバラ」はうすら寒いものを感じてしまった。結末は正反対だとしても、そこに至るまでの奇妙さと、すぐ身近でも起こりうることのように思えたので、とても恐ろしかった。それにくらべると「さよなら、キリハラさん」は奇妙な中にも少しだけ夢があり、現実離れしていながらも、もし自分が同じ状況になったらどうなるのだろうかと想像してしまった。音がまったくなくなる世界。まったくの無音というのは一体どんな状況になるのだろうか。他人の声や周囲の音だけでなく、自分の内部の音すらも聞こえない。もしかしたら人間は正常な状態ではいられないのかもしれない。奇妙でありえない世界の中に楽しさがある。

■ストーリー

麻子は同じ職場で働いていた男と婚約をした。しかし挙式二週間前に突如破談になった。麻子は会社を辞め、ウエイトレスとして再び勤めはじめた。その店に「あの女」がやって来た…。この表題作「地下街の雨」はじめ「決して見えない」「ムクロバラ」「さよなら、キリハラさん」など七つの短篇。

■感想
いきなり登場する「地下街の雨」はものすごくリアルだ。現実にも起こる可能性のある作品だ。思い込みの強い女で、何もかも被害妄想にあふれている。本作を読みながら、いったいこの後どのような結末が待っているのかと気になって仕方がなかった。それと共に、現実的な話だけに虚構として割り切って読まなければ危険な気がした。結末はある意味ハッピーエンドなのだが、そこに至るまではストーカー的な雰囲気を存分にはっきしており、恐ろしいことこの上なかった。最初の作品がこの流れだったので、残りの作品も同じようにラストはすっきり終わるのかと思いきや…。

「ムクロバラ」という作品は誰にでも少しは経験がある”魔が差した”というのを目に見える形に示した作品かもしれない。”魔が差した”状態の人をすべてムクロバラと呼ぶ男。似顔絵を描かせたところ、その似顔絵が…。その一瞬に鳥肌がたった。ムクロバラというのがどのような意味があるのか、いまいち不明だったが、最後のこの瞬間に全てが理解できた。物語としては暗い結末にならずに、寸前で抑えられてはいるが、それでも恐ろしい読後感を感じるのは確かかもしれない。

「さよなら、キリハラさん」についてだけは、なんだかコミカルな雰囲気にあふれていた。家にいると、ある瞬間から音がすべて消え去ってしまう。音のない世界というのは想像できない。それによって起こってくる日常での不便さと突発的な問題。逆に音がなくなることによって、やれることの制限。全てが音のない世界にいたらという想像の産物だろうが、しっかりと的を得ていると思う。耳が遠くなった老人を比喩的に登場させており、老人の世界を感じさせるような描写すらある。音のない世界というのがどれほど不便なのか。それは本作を読めばはっきりとわかるだろう。

不思議な短編ばかりが収録された本作。その作品のどれかには、しっかりとはまり込むことだろう。



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