理由 宮部みゆき


2009.9.1  濃密な人物描写がこびりつく 【理由】

                     
■ヒトコト感想
ひとつの事件が起こり、それに関係する様々な人々の生き様が描かれている本作。ほとんど関係のないような人まで、親のそのまた親までさかのぼり、人物としてのルーツを探っている。これほど、その他大勢的な人物を濃密に描いている作品はそうはない。一人のキーマンを中心に描くならばわかるが、そうではない。広範囲にわたる関係者たち。それらをすべて把握するのに精一杯だが、物語として一人の血の通った人間だという思いが強くなる。本作を読むと、頭の中にはしっかりと「理由」の世界が構築されている。誰が主役かと言われると、困るがここに登場する全ての人物が主役だと言ってもいいほど、誰もが濃密な人物描写をされている。

■ストーリー

事件はなぜ起こったか。殺されたのは「誰」で、いったい「誰」が殺人者であったのか―。東京荒川区の超高層マンションで凄惨な殺人事件が起きた。室内には中年男女と老女の惨殺体。そして、ベランダから転落した若い男。ところが、四人の死者は、そこに住んでいるはずの家族ではなかった…。ドキュメンタリー的手法で現代社会ならではの悲劇を浮き彫りにする、

■感想
ミステリーとして特別なトリックを用いているわけではない。いったい「誰」がその事件を起こしたのか。そして、被害者は「誰」なのか。その部分についてはとても引き付けられるものがある。事件を紐解いていくうちに登場する様々な関係者たち。事件とかけ離れた立場にいるようでありながら、実は大きな関係がある。関係者の周り、つまり家族やその人間関係から描いているために、登場人物ひとりひとりにしっかりとキャラクター付けされている。そこまで大事な役割を担っているわけではないのに、ものすごい量のページが割かれていたりもする。そうすると、必然的に読者としてはキャラクターに対する思い入れも強くなる。

超高層マンションに住む謎の四人家族。部屋の持ち主以外が住み、住民票も嘘だとすると、その人物を特定するすべがない。現代社会のご近所づきあいの希薄さを物語っているようで、怖いものを感じてしまった。隣に住んでいる人は誰なのか。事件の被害者たちが「誰」なのかわからない代わりに、その周辺の人物たちは、しっかりと「誰」なのかわかるようになっている。本作を読んでつくづく思ったのは、人のアイデンティティはその人の周りにいる人が構築しているのだということだ。

長大な本作。多数の登場人物たちの人物描写と関係性を描くのにページをさいている。ある意味、細かく章立てされたような感じなので、読んでいてつらいというのはなかった。これほどの長さであるにも関わらず、サクサク読めたのは、場面展開が絶妙だったからだろう。物語の中盤になると、頭の中にしっかりと「理由」の世界ができあがっていた。血が通った人物たち。もっといえば、まるで知り合いであると錯覚するほど、その人物のことをよく知ってしまったような気がした。

これほど長いのに、飽きさせないのはすばらしい。



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