李欧 高村薫


2008.12.2  一人の男に魅了された男の話 【李欧】

                     
■ヒトコト感想
平凡な男が幼少の頃の出来事から闇の世界へ足を踏み入れかけたところに、運命の出会いからその後の人生が大きく変わっていく。一彰という男の人生を描いた作品といえる本作。そこに大きな影響を及ぼしたのは間違いなく李欧なのだが、李欧の存在感が圧倒的すぎて、一彰に影響を与えたほかの人々がなんだかものすごく小さく感じてしまった。それほど器のでかい人物である李欧。前半部分だけでは、到底そんなイメージはない。一彰がその人脈から伝え聞く描写でどんどんと李欧の存在が大きくなる。うそか本当か、読者も一彰と同じように、李欧の存在に引っ張られる形となっている。ひとりの男の青春物語とも言えるが、実際には李欧と一彰はほんのわずかしか一緒のときをすごしていない。しかし、読み終わると何年も時を共にした大親友のように思えてしまった。

■ストーリー

惚れたって言えよ――。美貌の殺し屋は言った。その名は李歐。平凡なアルバイト学生だった吉田一彰は、その日、運命に出会った。ともに22歳。しかし、2人が見た大陸の夢は遠く厳しく、15年の月日が2つの魂をひきさいた。『わが手に拳銃を』を下敷にしてあらたに書き下ろす美しく壮大な青春の物語。

■感想
本作にはいくつものキーワードがある。拳銃であったり中国であったり。なんてことない平凡な学生であったはずの一彰が、その人生を狂わせるきっかけはほんの些細なことなのだろう。そこから闇へづるづると吸い込まれていくのも時間の問題であったのだろう。決して幸福な生い立ちとはいえない一彰が成長し、まっとうな道へ進もうと努力しているのは感じることができるが、前半の一彰にはどこか人生に対して希望がもてず、自暴自棄になっているようにも感じられた。そんな一彰の人生において、活性剤となったのは間違いなく李欧なのだろう。

作者の作品には町工場のような描写が多数でてくる。本作でも工場の詳細な描写と、その熱気を感じるような煩雑でありながらも活気ある工場の風景。強烈な印象を残すのはこの工場であり、主人公の人生が常に工場に支配されているようにすら感じられた。物語の流れからは、拳銃がなにか重要な意味をもってくるのかと思っていたが、拍子抜けするほどあっさりと蚊帳の外へはじき出されてしまう。途中からは李欧という強烈な人物に作品全体を支配されたような感じだろうか。共産国やCIAなど、規模がでかい争いの詳細を描かず、ぼやかすことでその得体の知れない恐怖を演出しているが、あまりに話がでかすぎて物語にリアリティは感じられなかった。

ある意味李欧に支配された人生といってもいい一彰。自分の家族やすべてをなげうってでも、中国へ移住しようとする。二人が過ごしたときの短さを考えれば、到底納得できるものではないが、そのカリスマ性を感じられる描写が一彰をそうさせるのだろう。冒頭からは何かミステリー的な謎に満ち溢れた作品なのかと思っていたが、事件的なものはほとんどない。しかし、一人の男の人生を最後まで読み、それでいて李欧という強烈な男との関係性を読む。なんだか、壮大な話すぎてリアリティはまったくないが、ワクワクしながら読んでしまった。

李欧というタイトルどおり、何もかもが李欧にひっぱられている。



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