俺は、君のためにこそ死ににいく


 2008.8.4  これぞ、戦時中の異常心理 【俺は、君のためにこそ死ににいく】  HOME

                     

評価:3

■ヒトコト感想
公開当初、戦争賛美の映画だと批判があったようだが…、まったくそんなことはない。特攻隊へ志願した若者とそれを見守る食堂の女将の交流を描いた本作。特攻する若者一人ひとりにはそれぞれの物語がある。それを事細かに描くことはせず、主要のキャラクターにのみ焦点を当てている。戦争の理不尽さと死にに行く若者の行動。全てが本当にリアルに描かれているのかもしれない。しかし、自分の中ではこれが本当に起こったことだと頭の中で認識することができなかった。それは何故か?おそらく死にに行く若者が、やけにあっさりと、そして特攻することが美徳のように描かれているからだ。それがたとえ戦時中の異常心理によるものだとしても、にわかに理解することはできなかった。

■ストーリー

昭和19年秋、太平洋戦争で圧倒的劣勢を強いられていた日本軍は、戦闘機に250キロの爆弾を搭載して敵艦に体当たりをする特別攻撃隊を編成。本来なら未来を担うべき若者たちの尊い命が多数失われていった。 特攻の基地のあった鹿児島県・知覧で軍の指定食堂を切り盛りしていた鳥濱トメは、家族と離れて出撃を待つ若者たちに母親のように慕われた人だった。トメは、大切な着物をコメや魚に代え出撃前の隊員たちに御馳走し、深夜の飲食は違反だと憲兵になぐられながらも「明日死ぬ人たちじゃないか。私はどうなってもいい」と言ってやめなかった。そして彼女は、人に明かせぬ彼らの悩み悲しみあるいは恐れを聞き取りつづけることになったのである。

■感想
食堂の女将が語る特攻隊の若者たち。生き残ることを恥とし、死ぬことを美徳とする流れ。根底には戦争に対する批判が含まれているのだが、本作を何も考えず、ただダラダラと見てしまうと、戦争賛美、特攻賛美の映画ととらえられても仕方がないだろう。ただし、それは表面的な部分であり、内容は、はかなく悲しいものとなっている。死にに行く若者をただ見送るしかない家族。決して表にだすことのできない悲しみ。その時代が異常だということで片付けられることではない。それは明日死ぬという若者に対しても言えることだ。

本作では特攻する若者の後悔や悲しみの描写はほとんど描かれていない。全ての若者が特攻に対して誇りをもち、進んで向かおうとする。中には前夜、悲しみに涙をぬらす若者もいただろう、しかし、それらを描くことなく、逆に生き残ったことを周りからとやかく言われる描写を描いている。それは逆説的に戦争を批判しているのだが、あまりに勇気溢れる若者とたちに、違和感を感じずにはいられなかった。いくらなんでも、それほどあっさりと潔く死にに行くことができるのだろうか。

主要キャラクターはそれなりに味があり、インパクトもあり、そして、最後には特別扱いをされている。食堂の女将が語る特攻隊の若者は全てが人格者ですばらしく、さっぱりとした勇気溢れる男たちだ。その男たちが最後に空母へ特攻する姿は、わかっていながらも涙を誘われてしまう。この場面は、絶対に何かを感じずにはいられない。それと共に、もう一つ印象に残っているのは、何度も機体の整備不良で戻ってきたあげく、最後には戦地へおもむくことなく、事故で墜落した若者だ。プロペラが止まり、一直線に地上に落ちる。呆然としながらも、映画的演出のすばらしさを感じた。

前半はぼんやり、のんびりとした印象は拭えないが、後半は一気に怒涛の展開だ。やはり、特攻場面は悲しすぎる。



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