名もなき毒 宮部みゆき


2010.3.11  登場キャラに激しい怒りを感じる 【名もなき毒】

                     
■ヒトコト感想
人間が放つ毒の強さを強烈に印象付ける作品。特にトラブルを起こした原田いずみが強烈だ。その怒りの理由が最後まで理解できず、他人にふりまく悪意の恐ろしさは、イライラとなって襲い掛かってくる。連続毒殺事件の衝撃よりも、自分が不幸だから、幸せな他人を憎むというその思考原理が信じられなかった。虚構の世界であるにしても、あまりに強烈すぎて受け入れることができない。ある程度の大人が、嘘をつき、嫉み、とんでもない攻撃を仕掛けてくる。本作を読んで、もしかしたら今まで自分はこの手の人に出会っていないだけで、世間には少数派だが存在するのではないのかと思えてしまうほど、変にリアルでどうしようもない怒りを感じてしまう。小説を読んで登場人物にこれほど怒りを感じたのは初めてかもしれない。

■ストーリー

どこにいたって、怖いものや汚いものには遭遇する。それが生きることだ。財閥企業で社内報を編集する杉村三郎は、トラブルを起こした女性アシスタントの身上調査のため、私立探偵・北見のもとを訪れる。そこで出会ったのは、連続無差別毒殺事件で祖父を亡くしたという女子高生だった。

■感想
もしかしたら自分は、良い人達にかこまれ、世間を知らないお坊ちゃんなのではないかと思えてしまう。自分の知らない世界では、本作に登場するような、幸せな他人に対して激しく憎悪をぶつける人物は当たり前のように存在するのかもしれない。人間が放つ毒というのが、これほど恐ろしく強烈であるとは思わなかった。小説世界の中でありえないような事件が起こっても恐怖は感じない。しかし、本作のように一見どこにでもいる普通の人が、突然他人に激しい怒りをぶつけ、ぶつけられた本人が避けようもない不運に追い込まれるというのは、読んでいて本当に恐ろしくなった。

本作はメインである毒物事件よりも、原田いずみの存在感の方が突き抜けている。女という立場を最大限に利用し、嘘をつき他人を陥れる。いずみが行ってきた数々の嘘や、実の兄に対して行った信じられないような仕打ち。この手の流れでは、いずみが最後まで悪者で終わるはずはなかった。どこかいずみを擁護するような何かが出てくるはずだった。しかし、本作にはそれらが一切ない。原田いずみは最後まで強烈な悪意をふりまき、他人を地獄に陥れるような嘘をつき、事件を起こす。本作を読んでいる間ずっと、いずみに対しての怒りがどんどんと積み上がっていった。

大きく膨らんだいずみへの怒りの風船は、最後までしぼむことはなかった。ラストに壮大なカタルシスが得られるかと思いきや、消化不良で終わっている。いずみに強烈な罰が下るか、別の大きな出来事が無い限り、すっきりすることはない。いずみへの描写が、ラストではサラリと流されていたせいで、ストレスが解消されることなく読み終わってしまったような感じだ。これほど物語のキャラクターに怒りを覚え、大きな天罰が下らなければすっきりしないと思ったのは初めてだ。それだけ、感情移入し、主人公たちと同じ気持ちで原田いずみに対して怒りを感じていたということなのだろう。クライマックスのシーンでは、自分なら、発狂して殴りかかるだろうなぁ、なんてことも考えてしまった。

事件うんぬんよりも、キャラクターの憎たらしさは群を抜いている。



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