魔王 伊坂幸太郎


2008.10.6  もしかして、まだ完結していない? 【魔王】

                     
■ヒトコト感想
いったい何が魔王なのか。本作を読んだだけでは魔王が何を指し示しているのかわからない。魅力的な導入部と何か不思議な能力を持った兄弟。世間とはちょっと逸脱したゆるい雰囲気を持つこの兄弟が、物語りの鍵を握るのは間違いないのだが、いまいちはっきりしない。「魔王」「呼吸」と読み終わって思ったのは、本作はまだ完結していない。単体としても結論がだされていない。あとがきにも書かれているように、続編的な物語があるのだろう。謎がなぞのまま終わっている本作。気になる部分が多々あるが、作者独特の不思議な魅力がある主人公たちは光っている。政治的な香りを漂わせながらも、それだけを主張するのではない、ゆるい雰囲気。結末まで描かれていれば、もっと楽しめたことだろう。

■ストーリー

不思議な力を身につけた男が大衆を扇動する政治家と対決する「魔王」と、静謐な感動をよぶ「呼吸」。別々の作品ながら対をなし、新しい文学世界を創造した傑作!

■感想
不思議な力をもつ兄弟。まず、この二人の行動が不思議というか、現実離れしているというか。一見普通なのだが、考え方がゆるい。一般の成人男性が考えるような物欲やその他の欲望が一切ないようにすら感じられるこの兄弟。不思議な力を悪用するわけでもなければ、有頂天になるわけでもない。ただひとつ、日本を扇動するように指導する犬養というなぞの政治家から、危うい風潮のまま流されていく世間の雰囲気を一新しようと奮闘するのみだ。抗いようのない大きな力に立ち向かう小さな力。それは魅力的だが、結論が描かれないだけに、消化不良の感はある。

「魔王」と共に、「呼吸」では弟が主役となる。世間的な流れに逆らおうとするのは兄譲りであり、その方法は特殊能力とはリンクしていない。兄の特殊能力と比べると、弟の方はどうにも使いどころが難しいような気がした。いったいどのようにして、大きな力に対抗していくのか。「魔王」から引き続き登場したバーのマスター。おそらく何らかの鍵を握っているはずなのだが、結局それらは明らかにならない。弟が起こそうとした行動とは何なのか。そして、今後どうなるのか。すべてが前フリで、一番盛り上がるところで終わってしまったような感じだろうか。

本作が登場したのは小泉フィーバーの前である。まるでそれを予言するような作品となっているが、作者は特に意識していないのだろう。政治の世界で起こる興味深いここといえば、決まりきったことなのかもしれない。小泉フィーバーにファシズム的な印象を感じたことはないが、もしかしたら、そう思うことがすでに大衆に流されているのかもしれない。本作の兄弟のように、ちょっと世間からずれた生活をしていれば、もしくわ特殊能力を持っていれば、何か違った考え方をしていたのかもしれない。

日本を変えるという大げさな思想ではない。しかし、大きな意思に抵抗しようとする小さな力は応援したくなるものだ。



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