蔓延する偽りの希望 すべての男は消耗品であるvol.6 村上龍


2008.8.24  無知は言い訳にならない  【蔓延する偽りの希望 すべての男は消耗品であるvol.6】

                     
■ヒトコト感想
すべての男は消耗品であるのvol.6 時期的な差異はあるにしても、その時代に警告的な提言をしている本作。今読むと?と思う部分もあれば、納得できる部分もある。時期的にも中田が海外へでて脚光を浴びており、日本全体が閉塞感に見舞われた時期でもあるだけに、海外へ出ろと声高に叫んでいる。ある程度共感できるが、いきすぎだろと思う部分もある。もちろん、かなり衝撃的な言葉もある。この情報社会において、何よりも大切なものが情報だということも改めて思い知らされた。知らないを知ることの重要性と、無知は言い訳にならない。無知を言い訳に考えていた自分を少し戒める効果があり、気持ちが引き締まったというのはある。

■ストーリー

変化を必要としながら、その方策を見つけられないままの日本社会で、個人はどのような生き方を選択できるのか。社会現象への洞察を通し、村上龍が読者一人一人に向ける新時代のアナウンスメント

■感想
エッセイと言えば、軽くサラリと読めるというイメージしかなかったが、本作は違った。頭をフル回転しながら読まなければ、とたんにおいていかれるような気がした。時代的にはおよそ10年前の作品になるのだろう。予言的な意味合いも含んでいる本作。はたして、このころの日本と今とを比べて、どちらが良いのか。単純に比べることはできないが、良くはなってはいないと思う。自分の身の回りの近い部分ではなく日本全体として考えると、わりと本作の中に書かれていることに近づいているような気がした。

何かと言い訳が許されない雰囲気があるのも本作の特徴かもしれない。プライドが高い人ほど、うまくいかなかった場合に言い訳が多い。その最たるものが、”知らなかったから”と言う言葉だろう。本作はそれを真っ向から否定するように、無知を許さない論調だ。知らないことは罪であり、許されることではない。読んでいると、まるで自分のことを断罪されているようで、とても苦しかった。知らないことは失敗してもしょうがない。知っていればうまくいっていた、という言い訳は世界では許されないのだろう。もちろん、日本でも許されなくなるべきだろうが…。

小難しいことを難しく言うのは誰でもできる。どれだけ噛み砕いて相手に伝えるか、それができるのは優れている証拠だと思う。その論理でいくと、本作には少し親切心が欠けているようにも感じられた。直接的に表現しているようだが、それを文章どおりに受け取ってしまうと、痛い目を見そうな部分もある。その言葉に含まれる真の意味を読み取らなければ、駄目だと感じた。もちろん、それはこの日本で生きていくうえで、もしかしたら最も必要な技術なのかもしれない。

軽い気持ちで手を出すと、もしかすると痛い目を見るかもしれない。



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