真夏のオリオン 福井晴敏


2010.1.4  生への執着が心地よい潜水艦もの 【真夏のオリオン】

                     
■ヒトコト感想
潜水艦ものとしての緊張感はしっかりと保たれている。それでいて、激しい戦いの中、終局へと近づくにつれていつもの、次々と犠牲者が増えていくという流れではない。圧倒的不利な状況で戦いをひっくり返すようなアクロバティックな戦術が多いのは少し気になったが、回天の使い方や生きることへの執着心など、安易な自己犠牲ものでなくてよかった。自分を犠牲にして仲間を助けるという美談的なものを前面に押し出して感動させようとするのではなく、最後まで生き残ろうとして感動させる。この方が後味が良い。今までの作者の潜水艦ものと比べると、ずいぶんすっきりとシンプルで、さらには、後味の良い作品となっている。

■ストーリー

64年の時を越えてアメリカから届けられた一枚の楽譜「真夏のオリオン」。過酷な時代の秘められたドラマがいま甦る。第二次世界大戦末期。米軍の本土上陸を防ぐため出撃した潜水艦イ‐77号の若き艦長・倉本孝行。それを追いつめる駆逐艦パーシバルのスチュワート艦長。甚大な損傷を受けたイ‐77号に残された酸素はあと1時間。「俺たちは死ぬために戦ってるんじゃない。生きるために戦ってるんだ」。倉本と乗組員の知力の限りを尽くした作戦が開始された。

■感想
密閉された潜水艦の中で繰り広げられる汗臭い物語。汗臭いといっても部活などの汗臭さではなく、いっさい女っけのない汗臭さだ。男たちが繰り広げる生き残るための戦い。戦いに勝つために手段を選ばないわけではなく、どこか紳士的な雰囲気も感じさせる流れ。終戦間近であっても、潜水艦であれば日本の戦局よりも独立して動けることをメリットとして独自の戦いを繰り広げる。潜水艦ものは頭の中にどれだけ戦いの描写を想像できるかにかかっている。それがはっきりとイメージできたのは作品が優れていたからだろう。

この手の物語であれば、死を恐れない戦いというのが定番だろう。本作では死というものよりも、生きることへの執着や、戦争のない平和な時代に生まれたいという思いが強い。回天という特殊な平気を搭載しながら、それをメインに扱うことがない。艦長である倉本と駆逐艦の艦長であるスチュワートの知力を尽くした戦いとなっている。多少アクロバティックな戦法はあるが、それでも夢があってよかった。圧倒的に不利な状況であっても、深海で耐え忍びどうにかして打開策を見つけ出そうとする。あきらめない生への執着というものがヒシヒシと感じられた。

潜水艦ものでありながら、それほど細かく読みにくい特殊用語がでなかったのはよかった。サラリと読め、物語のアクセントとして回想形式が間に入る。その中でもっとも印象的なのは、食事シーンだ。密閉されたせまっくるしい艦内で、唯一の楽しみともいうべき食事。生への気持ちが食事にもあらわれているのだろう。たいしたことない食事であっても、読むと思わず腹がへっしまう。潜水艦と駆逐艦の戦い。潜水艦同士や駆逐艦同士の戦いとは違い、それぞれが相手の裏をかく複雑な戦いとなっている。戦いのシーンと食事シーンが本作のメインといっても良いだろう。

潜水艦ものとしては非常に読みやすくとっつきやすい。



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