きつねのはなし 森見登身彦


2010.4.29  ケモノという言葉の恐ろしさ 【きつねのはなし】

                     
■ヒトコト感想
不思議で奇妙で恐ろしい話。すべての短編に登場する”ケモノ”にまつわる話を、京都を舞台に描いている。京都という場所がそう感じさせるのかもしれないが、全体を通して不思議で恐ろしい雰囲気が漂っている。ホラーというほどではないが、不思議な怖さがある。妖怪やおばけの類ではなく、ケモノという言葉の響きが動物の霊を思い起こさせる。物語もそれを狙ってか、狐憑きや人魚など日本昔話にでもでてきそうな題材を扱っている。すべての短編を通して、共通した店や言葉がでてくる。何か教訓を与えたり、あっと驚くようなオチがあるわけではないが、不思議なインパクトを残している。独特な文体がさらに恐怖感を煽っているというのもあるのだろう。

■ストーリー

「知り合いから妙なケモノをもらってね」篭の中で何かが身じろぎする気配がした。古道具店の主から風呂敷包みを託された青年が訪れた、奇妙な屋敷。彼はそこで魔に魅入られたのか(表題作)。通夜の後、男たちの酒宴が始まった。やがて先代より預かったという“家宝”を持った女が現われて(「水神」)。闇に蟠るもの、おまえの名は?底知れぬ謎を秘めた古都を舞台に描く、漆黒の作品集。

■感想
ケモノという言葉で何を連想するかによって、とらえ方が随分と違ってくるだろう。作中でたびたび描写されるケモノ。頭の中では表題のイメージもあるので、どうしても狐をイメージしてしまう。特にキツネのお面などというのは、ただその存在だけで少し恐ろしく感じてしまう。それをうまく使い、不思議な雰囲気を演出している。強烈なのは、はっきりとした事後説明がないということだ。そのため、物語が終わったとしても、結局なんだったのか曖昧なままだ。そのため、気になることがそのまま心の奥底にこびりついたような感じになる。

謎の通り魔が出没し被害者がでた。ケモノという言葉が独り歩きし、半ばペットのような雰囲気すらある。その中でケモノにとり憑かれたと思わしき人が通り魔となる。ちょっとした少年漫画風な題材だが、中身はまったく異なっている。剣道がテーマとなり、謎の通り魔との戦いを描く。そこは作者独特の文体で、ただのアクションではなく、ケモノとの不思議な絡みを描いている。かなり真剣に読まなければわけがわからなくなる危険性もあるが、ストーリーはわりと単純なのかもしれない。

ケモノをテーマとした短編集である本作。ケモノの正体やそれに関わる人々との関係など詳しく描かれることはない。ただ、どんなことが起こり、ケモノの存在をにおわせ、物語を不思議で奇妙なものに仕上げている。京都が舞台となるのは、作者お得意のパターンだ。京都という街が、ケモノの雰囲気とマッチしているということもあり、いちいち登場する京都の地名が、それだけで摩訶不思議なもののように思えてしまう。地名から不思議な力を感じさせるのは京都だけかもしれない。

ホラーの怖さではないが、恐ろしいことにかわりはない。




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