希望の国のエクソダス 村上龍


2008.11.22  普通の大人はリアルに受け取れない 【希望の国のエクソダス】

                     
■ヒトコト感想
失業率や円の下落はおいといて、世界的な金融不安にさいなまれている昨今。本作の予言的な意味合いはある意味では当たっていると思えるし、外れているとも思える。中学生がネット上での技術を駆使し、巨額な資金を集め、自分たちだけの楽園のようなものを作る。にわかに信じられることではなく、所詮虚構だと鼻で笑うことはいくらでもできる。どう考えても中学生がそこまで、できるはずがない。しかし、読んでいると既存の大人たちの世界を中学生が独自の理論で破っていくさまは読んでいて心地よいのだが、どこかで作り物だという安心感があり楽しめている。本当に中学生がここまでできると思っていないからこそ楽しめるのだろう。リアルに本作を受け取ることができる人にとっては、もしかしたら苦しく感じるのかもしれない。

■ストーリー

2002年、失業率は7%を超え、円が150円まで下落した日本経済を背景に、パキスタンで地雷処理に従事する16歳の少年「ナマムギ」の存在を引き金にして、日本の中学生80万人がいっせいに不登校を始める。彼らのネットワーク「ASUNARO」は、ベルギーのニュース配信会社と組んで巨額の資金を手にし、国際金融資本と闘い、やがて北海道で地域通貨を発行するまでに成長していく。

■感想
全国の中学生たちがいっせいに不登校となり、社会に対して反乱を起こす。既存社会の大人たちに、本来なら弱者のはずの中学生たちが、自分たちのネットワークを駆使して大人たちを翻弄していくさまは読んでいて痛快かもしれない。ただ、その中学生たちが熱く情熱をもって物事に取り組んでいるのではなく、淡々と汗ひとつかかずに、処理していく。無表情で残酷なことをあっさりとやってのけてしまいそうな、そんな印象を感じてしまった。中学生といえば、欲望の塊で、あれもほしい、これもほしいという年頃ではないのだろうか。希望がないというのは、欲望がないということだ。今の中学生がこんな感じだとはにわかに信じられなかった。

巨大な資金を得て、自分たちの理想の社会を作ろうとするASUNAROのメンバーたち。ありえないできごとを、ただの中学生たちがやってのける。外国に食い物にされた日本のかたきを討つようなASUNARO。世界に認められた日本人は、日本の中ではそれだけで有名人となり、異端ともなる。そんな中学生たちを、リアルだと感じることはできなかった。リーダーがなく、巨大な組織を運営できるだろうか。まして、金が絡むとなれば、中学生たちが冷静に対処できるだろうか。中には、こんなことやめて、好き勝手に暮らしたいという中学生もいるはずだ。この、変に統制が取れているという部分は、なんだか北朝鮮のようなイメージをもってしまった。

本作に登場する中学生たちをリアルに感じることができないのであれば、それは既存社会に毒された、普通の大人ということだろうか。どう考えても、ASUNAROの運営には無理があり、本作のようにうまくいくとは考えられない。そう思ってしまう大人は、本作に登場する中学生たちを受け入れられない頑固な大人ということになるのだろう。ASUNAROの中で、欲望がなくなりアルコール依存症から死に至った者がいた。この描写があるおかげで、この元中学生たちは普通ではないのだという、自分の中に対する安全弁のようなものがついたような気がした。本作の内容をリアルに感じることはできないが、変に現実感があるのが恐ろしい。

予言的意味合いをある程度含んでいる本作。中学生の集団不登校はおきていないが、社会の病み具合は変わらないのかもしれない。



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