火車 宮部みゆき


2009.7.12  引き込まれるミステリー 【火車】

                     
■ヒトコト感想
行方不明となった女を捜すうちに、本人ではない別の誰かが浮かび上がってくる。戸籍や書類だけで判断する現在の制度では、身内や知り合いがいない環境では、いとも簡単に他人に成りすますことができる。現代社会の制度の盲点をついた作品。冒頭から引き込まれてしまう。関根彰子に成りすましているのは一体だれなのか?なんのためにそんなことをしたのか?そして、どうやって…。関根彰子がまったくの別人だとわかったときの衝撃はものすごいものがある。関根彰子の足取りを探りながら、だんだんと正体がはっきりしてくる。次々と明らかになる事実がミステリーとしてもすばらしい。小出しにされつつも、一つ一つのヒントがしっかりと繋がっていく。最後に、決定的な事実が明らかとなる前に、物語が終わる。しかし、もうここまでくれば十分なのかもしれない。

■ストーリー

職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して―なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか?いったい彼女は何者なのか?謎を解く鍵は、カード会社の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。

■感想
自分の過去を捨てるため、他人になりすます。今までの人間関係を全て捨て、新たな人生を歩む。ハリウッド映画などでは証人保障プログラムというのがあるが、それを自らやろうとする。行方不明の関根彰子を探しているうちに、彰子がまったくの別人になっていることに気付く本間。この瞬間、ミステリーとして面白くなるという予感がした。姿の見えない偽の彰子を追いかける物語が始まる。ささいな手がかりから、正体をつかもうとする。その過程もすばらしく、絶妙だ。本間が警察としての力を使うのではなく、一般人として探索することに意味があるのだろう。警察が介入してしまえば、偽彰子はあっさりと正体を突き止められてしまうからだ。

自分の人間関係を全て清算し、他人として生活する。その他人にしても、決して恵まれた環境というわけではない。自分の過去と決別するために、他人となる。その覚悟と、そこに至るまでどんな経験をしてきたのか。普通では考えられない状況に追い込まれた時に、人はとんでもない計画を実行にうつすのだろう。しかし、瞬間的に思ったのは、いくら巧妙に化けたとしても、どこかで誰かにバレたりはしないのだろうか。本作ではクレジットカードを作るという、偶然の作用によって表立ったが、生活ししているだけで、何かしらの不都合があるのではないかと思えた。

一人の人間の足取りをさかのぼりながら探る。荒唐無稽なことだが、だんだんと正体が見えてくる。すべては現代社会の犠牲者として扱われているが、そこだけは納得できなかった。カード社会での借金地獄が自然の成り行きであると作中で語られている。しかし、どうしても本人の問題が大きいのではないかと思えてしまう。一度人生をリセットしたくなる気持ちもわからなくもない。しかし、まったく縁もゆかりもない他人に成りすまそうと思うかというと、絶対にないだろう。そこまで追い込まれた心境というのは、作中で、第二の関根彰子を探す描写から、並々ならぬことが感じられてしまう。

ミステリーとして非常に優れた作品だと思う。



おしらせ

感想は下記メールアドレスへ
(*を@に変換)
pakusaou*yahoo.co.jp