イビサ 村上龍


2008.9.17  神秘で淫靡で衝撃のラスト 【イビサ】

                     
■ヒトコト感想
特別な感覚というのは誰にでもあることだろう。本作のマチコはある日目覚め、贅沢な旅から抜け出し、自由に自分の欲望のおもむくままに旅をする。マチコの感覚は理解できない。他人に対して電波で言葉を飛ばし、脳の中枢へと直接働きかける。まさに神のような能力だが、それを駆使しつつも、隠微な旅を繰り返すだけのマチコ。旅の目的はなんなのか。いったい何を求めているのか。不思議な世界と、異国に対する強い思い。舞台がニューヨークやロスではなく、アフリカのモロッコであるということに意味があるのだろう。ひりつくような暑さと共に、旅の結末の衝撃ばかりが頭の中にこびりついている。決して希望に満ち溢れた旅ではない。破滅へと向かう旅だ。


■ストーリー

贅沢な旅を約束されてパリにやってきたマチコは、男のもとをとび出して背徳的で淫靡な生活に幻惑されてゆく。コートダジュール、タンジールへと旅するうちに魂の殻を脱ぎさったマチコは、“イビサへ”と囁く老婆にしたがい、新たな旅へと向かうのだった。

■感想
衝撃的な結末を読むと、それまでの気分が吹っ飛んでしまう。ラストは都市伝説を彷彿とさせるような終わり方だが、そこには悲観や後悔の気持ちは微塵も感じられない。それまでの旅と同様に、なるべくしてなり、起こるべくして起こることだという流れ。すでに定番となりつつある、セレブな旅と隠微な生活。発展途上国でのセレブ的な生活の中で、浮き足立つ描写もなく、淡々と旅を描いている。そこには感動や興奮はなく、ただ目から入った出来事を脳で反芻しているようにさえ思えてくる。

結末が破滅へと向かう旅だとは思わなかったにしても、本作をどのように決着をつけるのか気になっていた。結局は、マチコは選ばれた人間だったのだろうか。相手の精神を操れる、まるで神のような存在にまで高まっているはずが、あっさりと破滅への道へと向かう。もしかしたら、それはマチコにとって破滅ではないのかもしれない。新たなステージの幕開けなのかもしれない。常人が感情移入して読めるようなタイプの主人公ではない。その旅を客観的に見なければならない。はまり込むと危ないような気がした。

結局”イビサ”とはなんだったのだろうか。マチコの特殊能力と、最後の結末がなければ、ちょっと変わった隠微な旅物語となったのかもしれない。そうならないのが作者の特殊性なのだろう。頭の中に描く熱風が吹き荒れる国の中で、一人の日本人の女がふらふらと歩き回る。危険極まりない状況であっても、マチコは一人別世界の人間のような雰囲気を漂わせる。頭の中でのマチコは神がかり的な雰囲気を持った美しい女性のように思えた。しかし、そこまで高められた思いはラストで一気に崩されることになるのだが…。

神秘的な雰囲気を感じる作品だ。



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