灰色の北壁 真保祐一


2010.10.15  山男たちの熱き思いに感動 【灰色の北壁】

                     
■ヒトコト感想
山にまつわる3つの短編が収録された本作。登山に対して特別な思い入れはないが、雪山に魅せられた男たちの生き様を読んでいると、自然に感情移入してしまう。特に「黒部の羆」は、雪山の描写もさることながら、遭難者を救助する男の気持ちが素直に描かれているような気がした。ロープで宙吊りになった状態で何日も救助がくるのを待つ。あたりまえのように思い描いた登山とはまったく違う、氷と雪と絶壁の世界での出来事には圧倒されてしまう。見ず知らずの他人を助けるために、たとえ自分に危険が待ち受けていようと、おかまいなしに救助に向かう。髭面で熊のような山男の熱さと優しい心。そして極めつけは、「山を嫌いにならないでくれ」とういう言葉にしびれてしまった。

■ストーリー

世界のクライマーから「ホワイト・タワー」と呼ばれ、恐れられた山がある。死と背中合わせの北陸を、たった一人で制覇した天才クライマー。その偉業に疑問を投じる、一編のノンフィクションに封印された真実とは…。表題作の他に「黒部の羆」「雪の慰霊碑」を収録。

■感想
初心者向けの登山をかじった程度の自分でも、本作の臨場感を存分に感じることができた。あえて厳しい冬の自然に立ち向かうがごとく雪山登山に挑む男たち。死と隣り合わせの登山だとわかっていながら挑戦する気持ちは、常人ではうかがいしれない境地なのだろう。「黒部の羆」に登場する男たちは、山に魅せられ、山で死ぬことだけを考えながらも、遭難者を救助し、生き残るために必死にあがく。その姿が真の登山家なのではないかと思えてきた。猛烈な吹雪の中、何日も眠らずに救助を待つ心境。ただの登山モノではない、そこには作者の登山家に対する敬意のようなものを感じることができた。

表題作である「灰色の北壁」と「雪の慰霊碑」はほんの少しミステリー風味がある。前人未到の北壁を本当に登りきったのか、疑惑を探る物語である「灰色の北壁」。疑惑うんぬんというよりも、前人未到の北壁へチャレンジするということにどういった意味があるのか。日本では脚光を浴びることがない、登山家たちの激しくも悲しい思いというのを感じることができた。命をかけて挑戦した結果、日本ではさして話題になることはない。そればかりか、疑惑が持ち上がると、とたんに時の人となる。登山家たちの内なる思いを感じることができる作品だ。

本作を読むと、無性に山登りをしたくなってくる。もちろん作中に登場するような激しい雪山ではなく、初心者向けのハイキング程度でもいい。それぞれの思いを抱えながらも、なぜ人は山に登るのか。そこに山があるからという名言よりも、人の気持ちに影響を与える何かがあるのだろう。厳しい雪山に数センチづつ足を動かしながら何百メートルも先の頂上を目指す。はるか高みに見える頂も、ひたすら足を動かし続ければいつかは到達する。なんだか、人生の目標へ向かう人の気持ちを代弁しているようで、心が熱く震えてしまった。

山にかける男たちの熱き思いを存分に感じることができる作品だ。



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