愛がいない部屋 石田衣良


2010.6.5  高層マンションから感じる寂しさ 【愛がいない部屋】

                     
■ヒトコト感想
作者の短編集には、ある決まったテーマがある。アラサーの恋愛や、必ず最後はハッピーエンドになる恋愛など。今回は高層マンションで生活する女性の恋愛を描いている。高層マンションという、主役である女性の外側が共通しているということが、作品にどれだけ影響あるのか。最初は気付かなかったが、短編を読んでいくうちに、共通点を見出すことができた。高層マンションという区切られた箱の中で生活する女性たちは、何の不自由のない生活にみえて、隠れた寂しさを抱えている。夫との関係に悩む仮面夫婦や、好みの男とルームシェアする女。どこか満たされない部分を抱えながら、その先に幸せが待っているわけでもない。永遠に続く寂しさに諦めているようにも感じられた。

■ストーリー

誰もが憧れる高層マンション。そこに住む愛子は、幸せな結婚生活を送るはずだった。しかし、ある日「愛」は暴力に変わり―(表題作)。セックスレスの夫婦生活に疲れた、うらら。彼女はマッサージ店で働く15歳年下の青年に想いを寄せるようになる。だが、突然彼にホテルへ誘われて…(「指の楽園」)。切なくて苦しい恋に悩みながらも、前を向いて歩いていく女性の姿を描いた10のラブストーリー。

■感想
それぞれの短編に登場する主役の女性は、高層マンションで生活している。ある女性はルームシェアし、ある女性はローンを抱えながら夫婦で購入し、またある女性は愛人関係にある男から部屋をあてがわれる。お洒落で洗練された印象がある高層マンションで生活する女性たち。はたから見れば、なんの不自由もない自由気ままな生活のように見えているが、根本には抗いようのない寂しさを抱えているように思えた。満たされない欲望や、イラだち。すべて満たされたように思えても、心の奥底の寂しさはぬぐいされない。

本作がもし、高層マンションではなく一戸建てに住む女性だったら、随分と印象も違ってくるだろう。そこにも同じような寂しさがあったとしても、一戸建てから感じるイメージは家庭の温かさだ。たとえそこに一人で住んでいたとしても、暖かい何かを感じずにはいられない。都会の高層マンションというのは、お洒落でハイセンスなイメージを持つ反面、冷たくドライで、他人を寄せ付けない圧倒的な個人主義を感じてしまう。本作に登場する女性たちは、暖かさに飢え、人との繋がりを欲しているのだろうか。

本作に収録されている愛の物語に、はっきりとした結末はない。ある出来事の解決策があるわけでもなく、未来に向かって大きく変化するようにも思えない。ただ現状を認識し、その流れから抜け出せないまま進み続けるしかない。大きな希望や、現状を打破するきっかけはない。満たされぬ「愛」や、後悔した「愛」など、老若男女問わずあらゆるパターンの愛が描かれている。ただ一つ、高層マンションという共通テーマの下に描かれた「愛」は、寂しさばかりが強調されているような気がした。

主人公が生活する場所を共通テーマとした短編集のため、内容はバラエティに富んでいる。




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