海の向こうで戦争が始まる 


2008.3.29 今の日本を暗示するような 【海の向こうで戦争が始まる】

                     

評価:3

■ヒトコト感想
戦争の悲惨さを語っているのだろう。本作を読むと、まるで今の日本を表しているような、そんな感じさえしてきた。たとえ真夏であってもクーラーがガンガンにきかせた部屋でのんびりテレビを見る。テレビでは内戦や紛争地域のニュースがやっている。対岸の火事ではないが、海を渡った向こう側では、戦争が行われ、それを知りつつものんびりと過ごす人々もいる。独特の文体と、残酷描写。そして、初期の村上龍作品にはよく見られる、視点の曖昧さ。今はいったい誰の視点での話しなのか、油断していると途端にわからなくなる。特殊な作品であることは間違いない。そして、万人受けする作品ではない。しかし、読み終わるとなぜか心に残ってしまう。

■ストーリー

海辺で出会った水着の女は、僕にこう言った。あなたの目に町が映っているわ。その町はゴミに埋もれ、基地をもち、少年たちをたくましく育てる町、そして祭りに沸く町。夏の蜃気楼のような心象風景の裏に貼りつく酷薄の真実を、ゆたかな感性と詩情でとらえた力作

■感想
海を渡るとそこでは戦争をしている。ただ、戦争とひとくくりにできない人生がある。その一人ひとりの人生をしっかりとピックアップし、人物たちに共感をもたせる。それも様々なタイプの人々が登場し、全てが好かれたり、嫌われるような画一的な描き方ではない。個性もあり、しっかりとした信念も感じることができる。海辺では祭りが開催され、大きな魚が釣りあがり、人々が熱狂する。そして、突如として始まる戦争。今まで積み上げてきたものは、すべてこのためにあるというように、あっさりと、そして残酷に登場人物たちを殺していく。この悲惨さは計り知れないものがある。

戦争の描写に力を入れ、それを海の向こうで眺める人々にはあえてそうしているかのように、ほとんど人格というものをもたせていない。海の向こうの戦争を、まるでテレビを見るかのように解説しながらたたずむ人々。ビーチパラソルの下で、ジントニックなんかを飲みながらのんびり日光浴でもしているのだろうか。これらすべてが自分たちに当てはまるような気がして、読み終わった後にはなんともいえない複雑な心境になった。

海の向こうというタイトルは現実感をだすために用いたのだろう。ただ、実際に読んでいて強烈に頭の中にイメージしたのは、海ではなく川だ。川岸から対岸を眺め、優雅に暮らす人々。そして、対岸では悲惨な戦争が繰り広げられている。実際には到底ありえないことなのだろうが、それでもリアルな印象はそう思ってしまう。ゴミに埋もれた世界。基地に面した世界。そして、祭りにわく街。それらはどこをイメージしているのだろうか。作者の中では明確なイメージがあるのだろう。

時代的な差異はあるにしても、このイメージは今でも十分に当てはまることだ。



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